未来の金融をデザインする

主に経済や金融に関する記事や開催した読書会や勉強会の報告を書いております。

マンキューの経済学10大原理とは何か

前回は経済政策に関する6つの論争について記載しましたが、本日はマンキュー経済学で説明されている経済学10大原理についてご紹介いたします。

経済学の入門書としては、マンキューが書いたもの以外にも、古いところで言えば、サミュエルソンから始まり、ノーベル経済学賞の受賞者であるスティグリッツクルーグマンらが書いた本もあります(サミュエルソンも当然にというか、第2回のノーベル経済学の受賞者です。)。加えて、日本語でも伊藤元重先生、中谷巌先生、ゼミナール経済学等、すぐれた入門書が多数あります。

ちなみに昔マンキュー経済学の読書会をやっていた時は、スティグリッツクルーグマン、ヴァリアンのミクロ、武隈ミクロ、西村ミクロ、八田ミクロの読み比べとかもしていました。当時の読み比べの内容は以下のブログに記載しています。

refec.hatenadiary.org

このようなレッドオーシャンともいえる経済学の入門レベルの本市場ですが、マンキューが教科書として注目されている理由の一つは、経済学10大原理が解説されているためです。

マンキューの本では、この経済学10大原理が一番最初に説明されていて、章が進むごとに、10大原理のいくつかが引用されて具体例が示されていることから、この10大原理が自然に身につくものとなっています。その10大原理は以下の通りです。

①人々はどのように意思決定するか
1人々はトレードオフ (相反する関係) に直面している
2あるものの費用は、それを得るために放棄したものの価値である
3合理的な人々は限界的な部分で考える
4人々はインセンティブに反応する

②人々はどのように影響しあうのか
5交易 (取引) はすべての人々をより豊かにする
6通常、市場は経済活動を組織する良策である
7政府は市場のもたらす成果を改善できることもある

③経済は全体としてどのように動いているか
8一国の生活水準は、生産性によってほぼ決定される
9政府が紙幣を印刷しすぎると、物価が上昇する
10インフレ率と失業率の間には短期的なトレードオフが存在する

 「①人々はどのように意思決定するか」は経済学で想定されている個人の合理的な意思決定の基礎となるものです。「②人々はどのように影響しあうのか」は、①で想定されている合理的な個人が複数いる場合、どのような取引及び行動が行われるかを説明しています。そして、③は国全体のようなマクロ的な視点からの分析を説明しています。

経済学のフレームワークに落とし込むと、①と②はミクロ経済学で、③はマクロ経済学の分野に当たります。上記の10大原理について、1〜7に関して、異論を挟む人はほぼいないものと思われます。

他方、③のマクロ経済学の分野に行くとやや怪しくなります。例えば「9 政府が紙幣を印刷しすぎると、物価が上昇する」とありますが、実際に日本を含め、多くの国で物価の情報をコントロールできていない状況です。

実際、マンキュー自身もニューヨークタイムズの記事で「最近の金融危機を受けて基本的な経済学の教えをちょっとした点で修正する必要がある」と述べています。具体的には以下の4点です。

  • 金融機関の役割

  • レバレッジの影響

  • 金融政策の限界

  • 予測の難題

上記のように経済学10大原理といえど普遍的な原理ではありませんが、多くの場合、経済学及び経済を理解することに役立つことには間違いありません。実際、上記のニューヨークタイムズの記事でもマンキューは「近年の出来事を踏まえても、経済学の原則は概ね変わっていない」と述べています。

経済学を概要だけでも学びたいということは、マンキュー経済学の1章に書かれている「経済学10大原理」だけでもまずは読むことをお勧めします。

なお、ご参考までですが、マンキューの1章のスライドは以下にまとめています(約10年前に実施したマンキュー経済学勉強会の初回のスライドです)。

www.slideshare.net


 

マクロ経済政策に関する6つの論争

FEDは2009年11月から開始したマンキュー経済学読書会をきっかけとして発足しました。早いもので10年も経つので、過去に取り組んできた取り組みを今後少しづつご紹介していきます。

マンキュー経済学は全36章から構成されていて、月1で1章づつ読んでいくと3年で終わる計算です。2009年11月に勉強会を開始し、愚直にほぼ毎月実施していき、途中、マンキュー経済学の版が変わったりと色々ありましたが、無事2012年12月にマンキュー経済学を原著ですべて読み終えることができました。

マンキュー経済学で個人的におすすめなのが、1章に説明されている「経済学10大原理」と、最後の36章にて紹介されている「経済政策に関する6つの論争」です。前者はそれなりに有名なのでここでは後者を紹介します。後者の6つの論争とは具体的には以下です。

  1.  金融/財政政策運営者は、経済を安定させるべきか?
  2. 政府は不況への対応として、減税よりも財政支出をふかすべきか。
  3. 金融政策は、裁量よりもルールで運用すべきか
  4. 中央銀行ゼロインフレを目指すべきか
  5. 政府は、予算均衡を目指すべきか
  6. 貯蓄を刺激するために、税制改革は実施されるべきか

論争と言われるだけあって、それぞれについて経済学者でも意見は割れています。それぞれの論争に対してどういった主張があるかは、以下のスライドにまとめておりますので、議論の深淵に少しでも触れたいと思う方は是非以下のリンクに載せているスライドを読んでもらえればと思います。

www.slideshare.net

 

Principles of Economics 6e [AISE]

Principles of Economics 6e [AISE]

 

 

FEDで振り返る2018年

2018年も残るところわずかとなりました。今年も多くの方にFEDにご参加いただきました。ありがとうございます。2018年は合計26回の勉強会/読書会を開催し、過去3年の中では最も多く開催しました。その理由の一つとしては、FED事務局長が長年勤めた銀行を退職し、スタートアップ企業のCFOをしながらフリーランスで働き始めたことで、時間の融通をしやすくなったことがあげられます。
 
さて、以下では、労働市場、お招きした著者等、そして勉強会のスタイルの3点から2018年の勉強会/読書会の傾向を振り返ります。

労働市場に関する勉強会
2018年の第1回目の勉強会は、慶應義塾大学の山本勲教授をお招きし、特別勉強会「働き方改革:日本人の働き方と労働時間」を開催しました。また、2月からは労働経済学者のラジアーが書いた「人事と組織の経済学」の輪読も開始しました。加えて、フリーランスの関連の読書会も2回開催しました。このように、2018年は世の中の働き方改革の流れもあってか労働市場に関する勉強会/読書会を多数開催した年となっています。実際、事務局長の村上も人生で初めての転職を行い、働き方が大きく変わった年ともなり、労働市場についても一層関心を持つことになりました。
労働時間の経済分析 超高齢社会の働き方を展望する

労働時間の経済分析 超高齢社会の働き方を展望する

 
人事と組織の経済学・実践編

人事と組織の経済学・実践編

 


②多くの研究者や著者をお招きした

2018年は、アカデミックの研究者から実務者の方まで多くの著者の方々をお招きし、FEDにてプレゼンをしていただきました。アカデミック関連では、3月に法政大学の永山先生(HBR読書会との共催)、4月に慶応義塾大学の琴坂先生(1回目。情報経済の鉄則)、9月にイェール大学の伊神先生(イノベーターのジレンマの経済学的解明)と琴坂先生(2回目、経営戦略原論)、10月には慶應義塾大学の渡部和孝先生(特別勉強会「スルガ銀行株式会社 第三者委員会調査報告書」)、そして12月には名古屋市立大学の横山先生(日本史で学ぶ経済学)がいらっしゃってくださいました。  
情報経済の鉄則 ネットワーク型経済を生き抜くための戦略ガイド (日経BPクラシックス)

情報経済の鉄則 ネットワーク型経済を生き抜くための戦略ガイド (日経BPクラシックス)

 
「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明

「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明

 
経営戦略原論

経営戦略原論

 
日本史で学ぶ経済学

日本史で学ぶ経済学

 

 

リサーチ関連では、3月に経産省の宇野さん(不安な個人、立ちすくむ国家)、5月(日中貿易摩擦)と12月(オリンピック後の日本経済)にCEOの方々、8月に「実践 金融データサイエンス」の著者のMTECの方々、10月にはチャイナイノベーションの著者、そして11月には三菱UFJリーサーチ&コンサルティングの小林さん(財政破綻後)に来ていただきました。
不安な個人、立ちすくむ国家

不安な個人、立ちすくむ国家

 
実践 金融データサイエンス 隠れた構造をあぶり出す6つのアプローチ

実践 金融データサイエンス 隠れた構造をあぶり出す6つのアプローチ

 
財政破綻後 危機のシナリオ分析

財政破綻後 危機のシナリオ分析

 

そして、実務関連では、2月に朝日新聞の鯨岡さん(日銀と政治)、5月に翻訳家の村井さん(プラットフォームの経済学)、「フリーランスがずっと安定して稼ぎ続ける47の方法」の著者である山田さんにお越しいただきました。 
日銀と政治 暗闘の20年史

日銀と政治 暗闘の20年史

 
プラットフォームの経済学 機械は人と企業の未来をどう変える?

プラットフォームの経済学 機械は人と企業の未来をどう変える?

 
フリーランスがずっと安定して稼ぎ続ける47の方法

フリーランスがずっと安定して稼ぎ続ける47の方法

 

加えて、上述の方々以外にも、多くの方に読書会でのプレゼンをご担当していただきました。

 
理論と実務の架け橋のような勉強会/読書会を目指しているFEDとしては、2018年のように多くの研究者や実務家の方にご参加いただき、とても感謝しております。この場を借りて御礼申し上げます。
 
③新たな勉強会/読書会のスタイル
2018年は課題図書を決めて、参加者でディスカッションをすることに加えて、新たな取り組みもいくつか実施しました。以下では新しいスタイルをいくつかご紹介します。
MBAスタイル
2018年は新たな勉強会/読書会のスタイルにも挑戦しました。琴坂先生にご参加いただいた「情報経済の鉄則」の読書会では、MBAの授業さながらに、参加者30人以上を巻き込みながら、琴坂先生が議論を促してくださいました。
 
・同じ本を取り上げる
通常、FEDでは同じ本を2回取り上げることはあまりないのですが、イノベーターのジレンマの経済学的解明については、伊神先生をお招きした読書会に加え、参加者だけでの読書会も開催し、結果2回開催することになりました。
 
 
・調査レポートの読書会
今年は、本だけではなく、スルガ銀行株式会社の第三者委員会調査報告書を題材にした読書会も実施しました。当日は金融機関出身者だけでなく、コーポレートガバナンスに携わっている方やコンサルの方等、多くの実務家がご参加してくださり、非常に議論が盛り上がりました。
 
フリーランス関連読書会
FED事務局長が銀行を退職し、スタートアップでCFOをしながらフリーランスで働くというスタイルになったことから、フリーランスに関する読書会を2回実施しました。多くの方がフリーランスという働き方に関心を持っていることを知れたのは大きな発見でした。
 
・平日での丸善池袋での読書会
FEDでは、土曜日か日曜日に文京シビックセンターを借りて読書会を実施することが多いのですが、11月(the four GAFA読書会)と12月(いま君に伝えたいお金の話読書会)では、平日の夜に丸善池袋店の場所をお借りして読書会を開催しました。
 
以上となります。
このように、2018年では、これまで以上に新たなチャレンジを多くした年となりました。2019年は、2018年で挑戦したことをベースとして、原点回帰ということで、FEDらしい骨太で一人ではなかなか読むことが出来ないようなしっかりとした本を読みような会を多く開催したいと考えております。
 
2019年は1回目に1月16日に丸善池袋で、「2018年オススメの一冊 & 2019年決意表明!」を1月18日にいま注目されているMaasに関する本である「MaaS モビリティ革命の先にある全産業のゲームチェンジ」の読書会を著者の一人である井上さんをお招きして、実施いたします。

2018年11月には、FEDの前身となるマンキュー経済学読書会を開始して、10年目とあり、前後して皆様に支えられたおかげで、FEDFaceBookでも「いいね!」が2,000を超えました。多くのご支援を頂戴し、ありがとうございました。
2019年もどうぞよろしくお願い致します。

「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明_読書会_2018年9月29日(土)

2018年9月29日(土)9時から「イノベーターのジレンマの経済学的解明」の読書会を行いました。「イノベーターのジレンマの経済学的解明」の勉強会自体は、9月2日に著者である伊神先生をお招きして、実施しましたが、今回は、参加者のみで本書をじっくり語りあう会となりました。

「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明

「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明

 

 前回の勉強会では、伊神先生のプレゼンとその後質疑応答だけであっという間の3時間が過ぎました。そのため、今回は、前回の参加者のご提案により、参加者のみで本書の感想を語り合う(プレゼンもなし)という、読書会の原点のような会となりました。

そして、終わってみれば、3時間休みなしでぶっ続けで議論。ある参加者からは「最高のエンターテイメントでした!」というお言葉を頂戴したほど盛り上がりました。当日の議論のサマリーを以下に記載いたします。

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データ分析について
・P122の第5章からの説明があるように、実証分析、シミュレーションをできるのが経済学の強みだと感じている。イノベーターのジレンマでもそうだが、経営学ではデータを分析するというよりもケースでの議論が多い。一方で、P254以降の仮想シミュレーションにあるように、個別の企業の特性を捨象して分析をしているのは大胆に感じる。
・確かに実証分析やシミュレーションをツールとして経済学ではよく使われる。一方で、経営学でも近年実証分析が多い。なお、入山先生の「世界の経営学者は何を考えているの」*1でも書かれているが、実証分析はあくまで平均を出すだけであることから、アップルやトヨタのようなエクセレントカンパニーの個別の特徴を掴み取るのは難しい。アップル等は普通に考えて、平均的な企業の特性を持っているわけではないだろう。そういった状況においてはケースはスタディはやはり役に立つ。伊神先生の分析では、よりマクロ的な視点から産業を分析をしているので、個別企業の特徴までをすべて踏まえるのは当然に難しいと言える。
・データを使った分析について、ビジネスはまだかなり遅れている。これまでのようにただの回帰分析を行って相関を見るだけでなく、ようやくビジネスでもP140の対照実験のようなことが行われるようになってきている。例えば、本はどこでも価格と質は均一だが、最近本を買うことで楽天ポイントやdポイントポイントが得ることができるケースが増え始めている。ポイントは実質的な値下げとも考えられるため、価格の低下が売上に具体的にどれだけ影響するかを店舗毎に分析をすることができるようになっている。しかしながら、P145に書かれているようなシミュレーションまではまだまだ先だと考える。
・例えば、大湾先生が書かれた「日本の人事を科学する」*2には、人事に関するデータを用いて分析が行われている。ただし、この分析をするにはデータセットをいかに集めるかでかなり苦慮している。企業の協力と学者の統計学の分析手法を用いて始めてできる分析といえる。「こんなデータがあるから何か分析してくれませんか」的な感じで、データ分析を専門家に依頼されても、目的が明確でないため、受託者も困ってしまう。まさにP137に書かれているように「データは何も語らない」の代表例だろう。P138の基本チェックリストは常に確認をする必要がある。
・去年に中室先生らの「原因と結果の経済学」*3や伊藤先生の「データ分析の力」*4が発売されたが、これらを読むことで、どういったデータセットを準備すれば良いかはわかるだろう。
・近年のAIによるデータドリブンな分析もつまるところは回帰分析を行っているにすぎない。特徴量(統計学でいう説明変数)を多く当てはめて、もっとも当てはまりの良い特徴量を見つけているような感じと言える。ただ、仮に当てはまりの良い特徴量を見つけたとしても、なぜその特徴量が被説明変数に有効なのかは解釈を要する。例えば、AIはすでに囲碁や将棋で人間を超えているが、プロ棋士でさえもAIが打つ手を理解できていない場合がある。人間が解釈を与えて、結果のプロセスを把握することが重要になる。
・また計量経済学においては、推定量の不偏性や一致性等においてバイアスがないかが非常に重要な論点となる。一方で、ディープラーニングではこういった点はほぼ無視され、当てはまりに注力している。推定量の不偏性や一致性等の分析については計量経済学の方がAIよりもずっと先を行っているといえる。
・伊神先生のシミュレーションの凄さは、分析用にデータを取ったのではなく、使えるデータのみからデータを加工した点だと感じている。例えば、投資関数を推計するにあたって、資本は数式では「K」と表せば終わりだが、実際に企業のB/SからKを作るのは、それだけで場合によっては半年ぐらいかかったりもする。それぐらいデータセットの作成は大変である。本書ではそこまで詳しく書かれていないが、厳密な経済学の手法を用いて、需要と供給の側面から理論と実証の分析をしているのは本当に凄いと感じた。

動学的感性
・P211の第8章動学的感性について。朝倉さんが書かれている「ファイナンス思考」*5でも似たようなことが書かれていたが、何か共通するものがあるのではないか。
・経済学でもファイナンスでも基本的には将来CFや将来の効用を現在価値に割り引くという手法を用いる。そのため、ファイナンス思考に書かれているということと似ているのはご指摘の通りだろう。動学最適化は、別名back ward induction(P246に書かれている「後ろ向き帰納法」)とも言われる。すなわち、将来のあるべき姿を想定して、そこにたどり着くためにはどうすべきかを逆算していく方法。本書で言うところのブラック企業や不機嫌な恋人はまさにこの例といえる。
・企業を例にとってみると、企業はミッションやビジョンがあって、そこから逆算して、現在の事業の状況を把握して、そのギャップを埋めるために今後どうすべきかを考えるということが必要になってくる。企業がミッションやビジョンがあるのは、後ろ向き帰納法を行うためとも考えられる。
・経営陣は現場の数字を積み上げて、そこから今後の経営計画を考えているケースも多いかと思う。その場合、あくまで現状の延長線上にしか、企業はいけないのではないか。その先に、企業のミッションやヴィジョンがあるならば良いが、そうでないならば、それは経営者の怠慢といえる。
・ビジョンもミッションも明確になっていない企業からコンサルが経営の相談を受けたとしても、そもそもゴールが明確ではないのだから、コンサルも困るはず。仮に企業がコンサルに「ビジョンやミッションを明確にしてほしい」と依頼したら、それこそ本末転倒になってしまうだろう。
・ヤマトを創った小倉昌男の「経営学*6では、まさにゴールから逆算をして経営を考えている描写が出てくる。

問いは何か
・P266の問いは何かが本質的に重要だろう。企業にとっての「問い」とはまさにヴィジョンやミッションである。この「問い」が明確になっていないのに、「このデータを使って何かできませんか」や「数字の積み上げでとりあえず今後の業績予想をする」というのはどうなのだろうか。
・「問い」を具現化したのがまさに企業の理念や社訓と言える。しかしながら、内容も理解せずに社訓を丸暗記することにどれだけ意味があるのか。
・おそらく起業当初は、社訓が本当に意思決定に影響を与えるぐらい重要だったのだろう。一方で、企業が大きくなる中で、社訓や理念が薄まっていき、最終的な丸暗記になったのかもしれない。ただ、丸暗記だとしても、実務を経験する中で、ある時に社訓の意味を理解することもあるかもしれない。例えば、昔読んだ本でその時は意味がわからなくても、時間が経過する中で、もう一度読み直したら新たな発見がある時がある。本の内容は変わっていないものの、後読感が変わったとしたら、まさにそれこそが成長と言えるだろう。社訓も同じくことが言えるのかもしれない。
・最初は社訓や理念の意味がわからなくても将来的にわかれば確かに良いとは思う。一方で、そのままわからずに時間だけが経過してしまったとしたらそれは無駄だろう。実際そのような企業の現場は多いのかもしれない。
・先ほどのデータ分析の話もミッションの話も同じだが、結局のところ「問い」が大事と言える。
・逆に、もし個々人が自身の「問い」を突き詰めた場合、会社の「問い」と自分の「問い」が交わらなくなってしまうと会社をやめる人が続出する可能性がある。その場合、経営者や中間管理職は、テクニックとして、従業員を忙殺させて「問い」を考える余裕を与えないという手法をとるのかもしれない。
・そもそも世の中全員の人が「問い」を持つ必要があるのだろうか。「問い」ばかりを持った人で従業員が数万人という企業をまとめるのは非常に難しいかもしれない。むしろ、起業家等が問いを持ち、その問いに関心を持ったり、もしくは問いには興味がないが面白そうな人がいるから、自分の能力をその企業で生かしたいという人もいるのではないか。
・それはまさに、TEDの裸踊りの例だと言える。言い方を変えると「フォロワー」とも言える。
・ヴィジョナリーカンパニー2*7では、「誰をバスに乗せるか」という話が出てくる。「問い」に共感をしてくれる人をまず乗せることが重要になるだろう。

どんなことを、どんな風に考えながらそこに到達したのか
・P311に「結論や回答そのものに、大した価値や面白みはない」と書かれている。さらに、その後「どんなことを、どんな風に考えながらそこに到達したのかという道のりこそが一番おいしいところ」と書かれていて、この点には深く共感を覚えた。
・本書で示された結論は極めてシンプルである。その結論はP290の「「損切り」と「創業」。事の本質はこれだけである」の部分である。だが、この1行を言うために、本書は289ページを費やしているし、原論文はもっと細かい分析をしている。結論は確かにありきたりかもしれない。一方で、P291に書かれている通り、多くの現場では「全力の尻込み」が行われていて、実際に「損切り」と「創業」に絞って行動をすることは難しいといえる。
新潮45の事例は興味深い。今回記事が炎上し、結果として廃刊ということになった。一方で、今回のようなことがなくても早晩廃刊になっていたことも考えられる。そこまで打算的とは思えないが、炎上をきっかけに廃刊ができたということがあるかもしれない。それぐらい損切りは非常に難しい。みんな結論としては損切りすべきことはわかっている。でも、それまでの社内の意思決定プロセスで全力の尻込みをしているのかもしれない。


人生の岐路
・P12に「人生の岐路に立っておられる方にも、何かしらの勇気みたいなものを提供できるかもしれない」と書かれているが、実際この本からは人生においても非常に有益な示唆をもらった。
・伊神先生のプレゼンに書かれている「一般的関心事項」、「経済的価値」、「私にできること」の3つが交わるところに取り組むという話には非常に感銘を受けた。
==========================
以上

追伸
10月1日に著者の伊神先生から本読書会で議論した内容につき、Face Book上にコメントを頂戴しました。コメントありがとうございました!

www.facebook.com

 

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*1:

世界の経営学者はいま何を考えているのか――知られざるビジネスの知のフロンティア

世界の経営学者はいま何を考えているのか――知られざるビジネスの知のフロンティア

 

*2:

日本の人事を科学する 因果推論に基づくデータ活用

日本の人事を科学する 因果推論に基づくデータ活用

 

 

*3:

「原因と結果」の経済学―――データから真実を見抜く思考法

「原因と結果」の経済学―――データから真実を見抜く思考法

 

*4:

データ分析の力 因果関係に迫る思考法 (光文社新書)

データ分析の力 因果関係に迫る思考法 (光文社新書)

 

*5:

ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論

ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論

 

 

*6:

小倉昌男 経営学

小倉昌男 経営学

 

*7:

ビジョナリー・カンパニー 2 - 飛躍の法則

ビジョナリー・カンパニー 2 - 飛躍の法則

 

「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明_著者登壇読書会_2018年9月2日(日)

9/2(土)にイェール大学准教授の伊神満先生をお招きした「イノベーターのジレンマの経済学的解明」(以下、本書)の読書会を開催しました。 

「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明

「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明

 

当日の伊神先生のご講演の内容はまるまるyoutube上にアップロードされています。加えて、160ページ以上あるスライドも公開されています。両方をみると3時間近くございますが、本書の理解が深まる上に、後半の動画では、本書には書かれていない、本書の続き的な内容もお話しされていますので、必見です。。伊神先生はプレゼンテーションも非常にお上手で、またお話しもとても面白いので、あっという間の3時間になるはずです。

www.youtube.com
 

www.youtube.com

スライド(前後編共通・カラー) 

本書の概要
本書はクリステンセンが書いた「イノベーターのジレンマ」をその名の通り、経済学的に解明した本となります。なお、日本語訳のタイトルは「イノベーションのジレンマ」となっていますが、原文では、「The Innoavtor's Dilemma」となっています。 

イノベーションのジレンマ (―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき (Harvard business school press))

イノベーションのジレンマ (―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき (Harvard business school press))

 

 The Innoavtor's Dilemmaでは、業界をリードしていた企業が市場の変化や技術の変化に直面をした時に、自身の地位を守ることに失敗することを説明しています。ここでのポイントは、これまでの業界を先導してきたイノベーターとも言える業界の雄が、慢心等により失敗をするのではなく、顧客の意見に注意深く耳を傾け、新技術に積極的に投資をしたにもかかわらず、市場での優位性を失うということです。


The Innoavtor's Dilemmaは、ハードディスク駆動装置(HDD)業界を例に、上記のような現象を説明をしています。具体的には、すでに成功をしたイノベーターは既存の顧客を多く抱えていることから、新たな技術が生まれてきた際に、その技術の優位性はわかっていたとしても、既存の顧客を重視することで、結果的にイノベーション競争で後手に周り、結果的に新たな企業に駆逐されてしまうということです。

本書は、上記の現象を経済学的に解明した内容としております。経済学的に解明をしているのは、The Innoavtor's Dilemmaは当該現象をケーススタディ的な検討を中心に行っているためです。実際、本書の元となる論文であるEstimating the Innovator’s Dilemma: Structural Analysis of Creative Destruction in the Hard Disk Drive Industry, 1981–1998では動学ゲームやシミュレーションと行ったゴリゴリの経済学を使って説明がなされています。

他方で、本書の書きぶりは「経済学の本気をお見せしよう」、「白い恋人黒い恋人」と言った書きぶりや可愛い挿絵が多いことから、非常にポップで親しみやすく、サクサク読むことができます。

本書におけるThe Innoavtor's Dilemmaの経済学的説明は極めてシンプルです。すなわち

  • 需要面における自社製品の共食い現象の需要関数の推計
  • 供給面における駆け抜けの原因を図るための利潤関数の推計
  • そして、能力格差を図るための投資コストの推計

の3つです(P156)。なお、書きぶりがポップなだけにわかった気になりがちですが、例えば「ミクロ経済学の力*1」を読み直すことで、本書の理解は一層深まるものと思われます。私自身、大学院で経済学を研究をしていたこともあり、さらっと書かれている箇所の節々に分析や示唆の深さを度々感じ、感動さえ覚えました。さすがJournal of Political EconomyにAcceptされるぐらいの論文はここまで論点を詰めているのかと。

また、経済学的な学びがあることに加えて、本書のP12に「人生の岐路に立っておられる方にも、何かしらの勇気みたいなものを提供できるかもしれない」と書かれているように、本書は生き方や物事の取り組みかとしても非常に含蓄がありました。

例えば、P266に書かれている、伊神先生の指導教官であるエドが博士課程の院生に問う「君の問いはなんだ」は、多くの人にとって本質的なことだと思います。事実、伊神先生の大学院時代の同級生で、新参企業の創業者の方は以下のことをおっしゃっています。


投資も起業も経営も、結局その「問い」に尽きる。

また、本書の研究から導き出される経営的観点からの結論(290)は「損切り」と「創業」をどうするか、ということであり、非常にシンプルです。ですが、だからと言って、「ありきたりの結論で面白みがない」という感想を抱いてしまうのは、非常にもったいないです。そうではなく、P311に以下のことが書かれているように、結論に至る過程までが非常に重要となる、と言った点に私自身も感動に近い共感を覚えました。

「結論」や「解答」そのものに、大した価値や面白みはない。そうではなくて

  • そもそもの「問い」
  • その煮詰め方、そして
  • 何を「根拠」に、いかなる「意味」において、その「答え」が言えるのか

つまり「どんなことを、どんなふうに考えながらそこに到達をしたのか」という「道のり」こそが、一番おいしいところで、大人に必要な「科学」というものだ

本書は、1最新の経済学の研究を知る、2イノベーターのジレンマの理解を深める、3経済学の理論が実際どのように応用されるのかを学ぶ、さらには4人生の指針を得る、といったように多角的に学びを得られる本となっています。私も本を読み直すたびに、様々な側面が見えてきて、改めて本書の深みを感じるとともに、最初の頃は、海に潜るどころか浅瀬でチャプチャプ遊んでいただけなのに、わかったつもりになっていたと反省をした次第です。

当日の質疑応答
当日のご講演は前半と後半に分かれていて、それぞれで質疑応答の時間をもうけました。質疑応答では日本のセミナーでは珍しいかと思いますが、常に誰かしらが質問をするために手を挙げていて、非常に盛り上がりました。以下では、一部の質疑応答をご紹介いたします。

  • Q:P256の図9-4において、一つの企業が複数の新規事業開発を行っているような想定はされていないのか。
  • A:現在のモデルではそういった設定はしていない。HDD業界では、大手企業からスピンアウトして新参企業になることが多い。モデルでは、起業家が定期的に生まれるような想定となっている。

 

  • Q:第8章で動学的感性を養おうとあるが、現実の世界において、将来の不確実性に対してはどのように対処をすれば良いのか。
  • A:本書のP233では、パターン別に詳しく解説している。このように考えることが重要だろう。

 

  • Q:今回のご講演では非常に多くの学びがあった。学び方についてのヒントがあれば教えていただきたい。
  • A:まさに「What is your question?」(P266)が大事となるであろう。何を目的関数におくかで学ぶべきことや学び方も変わってくる。

以上となります。また、上記に記載した著者登壇の読書会とは別に9/29に参加者だけで、本書の感想を共有する読書会も開催しております。よろしければそちらもご確認願います。

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*1:

 

ミクロ経済学の力

ミクロ経済学の力

 

社会的投資がなぜ今日本で求められているのか

社会的投資とは何か
社会的投資という言葉を聞いたことはありますでしょうか。社会的投資といった場合、狭義には、投資がもたらす社会的・環境的効果までも考慮に入れて投資を行う「社会的責任投資」や「ESG(Environment, Social and Governance)投資」、また、社会や環境にインパクトをもたらす社会的企業に投資を行う「社会的インパクト投資」、そして民間から資金を集めて公共サービスを提供して、行政がその対価として投資家に報酬を支払う「ソーシャル・インパクト・ボンド」等のことを言います。広義には投資において「経済性」と「社会性」を両立させるような投資のことを言います。

図で表すと、縦軸を社会的インパクト、横軸を財務的継続可能性とした場合、以下のように表現されます(図1)。

図1 社会的インパクトと財務持続可能性の両立 
(出所)「日本における社会的投資の最前線」

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すなわち、社会的投資においては、社会的なインパクトと経済面における財務的継続可能性を両立させることが非常に重要になってきます。では、なぜこの社会的投資が今の日本に必要となってくるのでしょうか。以下では、マクロ経済学的な視点から社会的投資の重要性について考察していきます。

 

経済成長の源泉は何か

社会的投資をより大きな視点から見た場合、「マクロ経済全体に継続的に良いインパクトを与え続けることで経済は成長し続けられるのか」と捉えることもできます。そのため、ここで、マクロ経済学でいう経済成長の源泉について考えてみたいと思います。

マクロ経済学において、経済成長の源泉は①資本の蓄積、②労働人口の増加、そして③技術革新の3つに分解することができます。なお、経済モデルによっては天然資源も経済成長の源泉と考えることがありますが、ここではシンプルに①〜③の3つのみを経済成長の源泉と考えます。

まず①資本の蓄積については、具体的には設備投資のストックと考えることができます。設備投資が多ければ多い程、生産性は高まるので、経済成長は促進されます。先進国が発展途上国よりも経済が大きいのは、十分な資本蓄積があるからと言えます。一方で、資本蓄積が進めば進むほど、資本蓄積が経済成長に資する割合は減っていきます。このことを限界生産力逓減の法則と言います。先進国は確かに発展途上国よりも経済規模は大きいことが多いですが、資本蓄積が経済成長に貢献する割合は発展途上国の方が先進国よりも大きいです。工場が全くないところに工場を一つ建てる場合とすでに複数の工場があるところにさらに新たな工場を建てる場合を比較すると、多くの場合、前者の方が工場を新たに立てた場合の生産性の向上は高いことが見込まれます。

次に②労働人口の増加についてです。例えばカフェの経営を考えた場合、ある一定程度までは店員の数を増やした方が生産性は上がることは容易に想像ができます。また、カフェで働いた経験がある人を新たに雇う方がカフェの生産性は上がります。このようにより熟練度の高い労働人口が増えれば増えるほど、経済は成長していくこととなります。なお、ある一定数の従業員数を超えるとそれ以上従業員を増やしても、生産性はそれほど向上しないことも簡単にわかるかと思います。すなわち、設備等の条件を一定とした場合、労働においても限界生産力低減の法則が働きます。その場合は、①の資本蓄積のように、店舗を増やす等の設備投資をしてから店員を増やすことで、生産性を継続的に上げることができるようになります。

最後は③技術革新です。技術革新はイノベーションとも言えます。経済成長の源泉を考えると、資本蓄積と労働人口の増加の二つでは説明できない成長の源泉はすべて技術革新によるものと考えます。換言すると、設備といったモノでも、労働といったヒトでも成長がなかったにもかかわらず、経済が成長した場合は、その原因は技術革新によるものと考えることができます。

今の日本における経済成長の源泉はどうなっているのだろうか

では現在日本において、上記3つの経済成長の源泉はどうなっているのでしょうか。資本蓄積については、日本のような先進国ではすでに十分に行われており、他国と比較してもむしろ高い水準にあるといえます(図2)。労働人口については、少子高齢化が進んでいることで、減少傾向にあり、この傾向は今後さらに拍車がかかっていくことが予想されます。

そうなると、最後の技術革新が日本の経済成長においては非常に重要になってきますが、残念ながら技術革新、すなわちイノベーションは日本ではそれ程進んでいません。イノベーションの量を定量化するのは困難ですが、経済成長率を分解することで結果的に計算される技術革新の度合い(TFP(Total Factor Productivity))から見ると、1980年代は2.0%台だったにもかかわらず、2000年以降は0.6%まで下がってしまっており、低い傾向にあるといえます(図3におけるTFPの数値)。

図2 各国の資本係数の推移(出所:内閣府

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図3 日本の経済成長率の推移(出所:内閣府)

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社会的投資を通じて社会資本を増やして技術革新を起こす

このようにマクロ経済全体で見た場合、日本の経済成長率を今後高めるには、資本蓄積を増やすか、労働人口を増やすか、技術革新を起こすかのいずれかもしくは複数を同時に行うしかありません。一方で先述した通り、資本蓄積の増加と労働人口の増加については、短期的に解決するのは難しいといえます。となると、技術革新を増やしていくしかありませんが、どのようにして技術革新を起こすのか、すなわちイノベーションを起こすかについては、定型化された方法はまだなく、試行錯誤するしかありません。

そこで話は最初に戻り、社会的インパクトを起こすことがイノベーションにつながるという仮説を考えてみます。図1を見た場合、これまで日本経済を支えてきたのは、財務持続可能性が高く、社会的インパクトが限定的な一般企業でした。NPO等の慈善団体は、日本にもこれまでも数多く存在してきたが、財務持続可能性が必ずしも高いとは言えませんでした。財務持続可能性が高くないということは、それだけ生産性及びリターンの低い投資が行われていた可能性があることを示唆します。

イノベーションを起こすという意味でも、今後求められているのは社会的インパクトがあり、かつ財務持続可能性が高い社会的企業の存在であるといえます。

社会的資本の創造を通じて社会的投資を行う

では社会的インパクトを起こすためには社会的企業は具体的に何をすればいいのでしょうか。幾つか考えられますが、ここではソーシャルキャピタルと呼ばれる「社会資本」の形成が重要になることを指摘したいと思います。ソーシャルキャピタルは、南カリフォルニア大学のポール・アドラーらが2002年に「アカデミー・オブ・レビュー」に発表した論文の定義に基づくと「人と人がつながって、関係性を維持することで得られる便益のすべて」といえます。このソーシャルキャピタルは、金融資本(Financial Capital)、人的資本(Human Capital)に続く第3の資本と呼ばれています。

このソーシャルキャピタルが形成されることで、人と人がこれまで以上につながりやすくなり、結果としてイノベーションも生まれやすくなります。イノベーションは、元々は経済学者であるシュンペーターが「経済成長を起動するのは企業家(アントレプレナー)による新結合(ニューコンビネーション)である。」と指摘したことから端を発しています。すなわち、ソーシャルキャピタルを形成することで、新たな新結合が生まれ、イノベーションが生まれやすくなるといえるのです。

企業がイノベーションを起こすにあたっては、知の範囲を広げるために知の探索が重要になると言われています。社外の人たちや企業と協力して新たなビジネスを生み出すオープンイノベーションはまさにその具体例と言えます。

今後、日本の企業が社会的インパクトをこれまで以上に生み出すためには、一層のソーシャルキャピタルの蓄積が重要になってきます。そしてソーシャルキャピタルの蓄積を促すためには、従来の投資の枠を超えた社会的投資がこれまで以上に行われていくことが求められます。このような社会的投資が日本で数多く行われれば、最終的には、資本蓄積と労働人口の点からこれ以上の経済成長を見込むのが難しい日本経済においても、技術革新(イノベーション)を通じて、更なる成長を見込むことができます。日本において、この循環がうまく機能するためには、まずソーシャルキャピタルへの社会的投資が継続的に行われることが肝要となります。

第2回人事と組織の経済学勉強会_開催報告_2018年4月28日(土)

4月28日(土)に開催した第2回人事と組織の経済学勉強会の当日のディスカッションについて記載します。議論のテーマとなった「3章能力への投資」と「4章離職の管理」については、以下のリンクをご確認願います。

fedjapan.hatenablog.jp

当日は3章の内容が非常に盛り上がりすぎたため、離職についての議論はあまり行われず、主に教育に関する話が中心でした。以下では、当日の議論について箇条書きでまとめております。


一般的人的資本と企業特殊的資本

  • 一般的人的資本と企業特殊的人的資本について、個人はなるべく一般的人的資本を高めることで、他社でも通用する能力を高めたいと思っている一方で、企業は企業特殊的人的資本の教育を個人に施すことで、個人を長く企業に留まらせるようにロックインしようとしている。
  • 個人からしたら企業特殊的人的資本を身につけるよりも、一般的人的資本を身に付けたいと思うかもしれないが、企業の本質的な競争力は企業特殊的人的資本にあるはずだ。なぜならば一般的人的資本だけでは差別化できないため。よって、企業特殊的人的資本を見つけることが個人にとっても重要になるのではないか。
  • コンサルの場合、新卒の研修では一般的人的資本を高めるような研修ばかりを受けるし、実際コンサル業界では業界内での転職が多い。
  • 企業が外部にアウトソースするような研修はすべて一般的人的資本に該当することになる。企業が研修をアウトソースばかりするので、他社と差別化できず、競争力を保てなくなってきているのではないか。


競争力のある企業特殊的資本とは結局のところ何のか

  • 企業の競争力は企業特殊的人的資本だけで決まるものではない。業界内でのポジションニング、ビジネスモデル、企業戦略、そして組織のあり方にもよる。個人は一般的人的資本しか有してないとしても、企業が優れたビジネスモデルを持っているならば、企業としては競争力を持つことは可能。そうなると競争力に結びつく、企業特殊的人的資本とは具体的に何のことになるのか(ただし、経費精算や事務連絡の方法等の企業の本質的な競争力に結びつかない企業特殊的人的資本は除く)。
  • 野中郁次郎先生は、SECIモデルを用いて、暗黙知形式知かすることの重要性を説いた*1。競争力の現存となる企業特殊的人的資本は、このようにまだ言語化できていないものではないか。だからこそ、具体的に何なのかがイメージが湧いてこないものと思う。

  • 例えば、プロサッカー選手でいう場合、選手のフィジカルな強さは一般的人的資本と言えるだろう。有名なサッカー選手はクラブチームを渡り歩くが、その際の企業特殊的人的資本(クラブ特殊的人的資本)は一体何であろうか。
  • →それはチームカラーになるのではないか。例えば、守りが強い等。
  • →となるとアナロジーで考えると、企業の競争力の源泉はクレドや企業風土といった抽象的なものになってしまうのか。 


高度人材をいかに使うか

  • MBA、博士号取得者、弁護士、データサイエンティスト等の高度人材をいかに有効に使うか」について、そもそも高度人材を使うことが戦略に織り込まれて初めて、高度人材を使う意味が出てくる。高度人材を使うことありきで議論をするとミスリードになるのではないか。
  • 「組織は戦略に従う」と「戦略は組織に従う」という両方のことが経営学者によって指摘されている。高度人材の活用については、まさに「組織は戦略に従う」ことになろうかと思うが、多くの場合、戦略はすぐに変更できる一方で、組織は簡単には変更が出来なかったりする。そのため、例えば「AIを活用する戦略を行う。そのため、データサイエンティストを大量に採用する」といった戦略をとったとしても、既存の組織体制では、多くのデータサイエンティストを有効に扱えないケースが出てくる。この状況はまさに「戦略は組織に従う」ことに陥っている。このような状況を解消するために、企業は職能別組織から事業部制への改編等の組織変更を行ったりする。しかしながら、組織変更には時間がかかるので、その間は高度人材を有効に活用できない時期が続くかもしれない。そうこうしているうちに、環境が変わったり、経営者が変わり、戦略が再び変更されたりすることで、またも組織改編が行われ、現場が混乱する。このようなことが頻繁に起こっているのではないだろうか。 


離職について

  • 環境の変化が激しい現代において、戦略を変更するとともに、柔軟に組織を変更することが重要となる。その場合は、いかに離職を促すかといったことも重要になるだろう。そう言った意味では、4章から学ぶことは多い。
  • 環境変化が激しい中、企業が競争力を保てるのは選択と集中を行っているからで、他のことにリソースに割いている余裕はないのではないか。
  • 選択と集中に特化しすぎると、環境の変化に素早く対応できなくなるというリスクがある。そのため、企業は多角化戦略を進める中で、新たなビジネスの種を探すことになる。選択と集中を基にした競争力を活かした多角化が新たなイノベーションの源泉となりうる。一方で、多角化がうまくいけば良いが、失敗した場合には、多角化戦略を見直す必要が出てくる。すなわち、再度選択と集中を行うというものである。結局、企業は選択と集中多角化を行ったり来たりすることになる。そのような場合、いかに離職や解雇の戦略を行うかは非常に重要になってくるし、まさに今の日本企業が苦手な点とも言える。


以上となります。後半は組織についても議論が盛り上がりましたが、次回からの輪読は第2部「組織と職務の設計」がテーマとなっております。最近ではティール組織*2といった新たな組織のあり方も議論されていますし、ホットイシューとなっています。次回以降で、組織の理論的な仕組みについて学んでいく予定です。

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*1:

知識創造企業

知識創造企業

 

*2:

ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現

ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現