未来の金融をデザインする

主に経済や金融に関する記事や開催した読書会や勉強会の報告を書いております。

社会的投資がなぜ今日本で求められているのか

社会的投資とは何か
社会的投資という言葉を聞いたことはありますでしょうか。社会的投資といった場合、狭義には、投資がもたらす社会的・環境的効果までも考慮に入れて投資を行う「社会的責任投資」や「ESG(Environment, Social and Governance)投資」、また、社会や環境にインパクトをもたらす社会的企業に投資を行う「社会的インパクト投資」、そして民間から資金を集めて公共サービスを提供して、行政がその対価として投資家に報酬を支払う「ソーシャル・インパクト・ボンド」等のことを言います。広義には投資において「経済性」と「社会性」を両立させるような投資のことを言います。

図で表すと、縦軸を社会的インパクト、横軸を財務的継続可能性とした場合、以下のように表現されます(図1)。

図1 社会的インパクトと財務持続可能性の両立 
(出所)「日本における社会的投資の最前線」

f:id:fedjapan:20180918171829p:plain


すなわち、社会的投資においては、社会的なインパクトと経済面における財務的継続可能性を両立させることが非常に重要になってきます。では、なぜこの社会的投資が今の日本に必要となってくるのでしょうか。以下では、マクロ経済学的な視点から社会的投資の重要性について考察していきます。

 

経済成長の源泉は何か

社会的投資をより大きな視点から見た場合、「マクロ経済全体に継続的に良いインパクトを与え続けることで経済は成長し続けられるのか」と捉えることもできます。そのため、ここで、マクロ経済学でいう経済成長の源泉について考えてみたいと思います。

マクロ経済学において、経済成長の源泉は①資本の蓄積、②労働人口の増加、そして③技術革新の3つに分解することができます。なお、経済モデルによっては天然資源も経済成長の源泉と考えることがありますが、ここではシンプルに①〜③の3つのみを経済成長の源泉と考えます。

まず①資本の蓄積については、具体的には設備投資のストックと考えることができます。設備投資が多ければ多い程、生産性は高まるので、経済成長は促進されます。先進国が発展途上国よりも経済が大きいのは、十分な資本蓄積があるからと言えます。一方で、資本蓄積が進めば進むほど、資本蓄積が経済成長に資する割合は減っていきます。このことを限界生産力逓減の法則と言います。先進国は確かに発展途上国よりも経済規模は大きいことが多いですが、資本蓄積が経済成長に貢献する割合は発展途上国の方が先進国よりも大きいです。工場が全くないところに工場を一つ建てる場合とすでに複数の工場があるところにさらに新たな工場を建てる場合を比較すると、多くの場合、前者の方が工場を新たに立てた場合の生産性の向上は高いことが見込まれます。

次に②労働人口の増加についてです。例えばカフェの経営を考えた場合、ある一定程度までは店員の数を増やした方が生産性は上がることは容易に想像ができます。また、カフェで働いた経験がある人を新たに雇う方がカフェの生産性は上がります。このようにより熟練度の高い労働人口が増えれば増えるほど、経済は成長していくこととなります。なお、ある一定数の従業員数を超えるとそれ以上従業員を増やしても、生産性はそれほど向上しないことも簡単にわかるかと思います。すなわち、設備等の条件を一定とした場合、労働においても限界生産力低減の法則が働きます。その場合は、①の資本蓄積のように、店舗を増やす等の設備投資をしてから店員を増やすことで、生産性を継続的に上げることができるようになります。

最後は③技術革新です。技術革新はイノベーションとも言えます。経済成長の源泉を考えると、資本蓄積と労働人口の増加の二つでは説明できない成長の源泉はすべて技術革新によるものと考えます。換言すると、設備といったモノでも、労働といったヒトでも成長がなかったにもかかわらず、経済が成長した場合は、その原因は技術革新によるものと考えることができます。

今の日本における経済成長の源泉はどうなっているのだろうか

では現在日本において、上記3つの経済成長の源泉はどうなっているのでしょうか。資本蓄積については、日本のような先進国ではすでに十分に行われており、他国と比較してもむしろ高い水準にあるといえます(図2)。労働人口については、少子高齢化が進んでいることで、減少傾向にあり、この傾向は今後さらに拍車がかかっていくことが予想されます。

そうなると、最後の技術革新が日本の経済成長においては非常に重要になってきますが、残念ながら技術革新、すなわちイノベーションは日本ではそれ程進んでいません。イノベーションの量を定量化するのは困難ですが、経済成長率を分解することで結果的に計算される技術革新の度合い(TFP(Total Factor Productivity))から見ると、1980年代は2.0%台だったにもかかわらず、2000年以降は0.6%まで下がってしまっており、低い傾向にあるといえます(図3におけるTFPの数値)。

図2 各国の資本係数の推移(出所:内閣府

f:id:fedjapan:20180918172030p:plain

図3 日本の経済成長率の推移(出所:内閣府)

f:id:fedjapan:20180918172103p:plain

社会的投資を通じて社会資本を増やして技術革新を起こす

このようにマクロ経済全体で見た場合、日本の経済成長率を今後高めるには、資本蓄積を増やすか、労働人口を増やすか、技術革新を起こすかのいずれかもしくは複数を同時に行うしかありません。一方で先述した通り、資本蓄積の増加と労働人口の増加については、短期的に解決するのは難しいといえます。となると、技術革新を増やしていくしかありませんが、どのようにして技術革新を起こすのか、すなわちイノベーションを起こすかについては、定型化された方法はまだなく、試行錯誤するしかありません。

そこで話は最初に戻り、社会的インパクトを起こすことがイノベーションにつながるという仮説を考えてみます。図1を見た場合、これまで日本経済を支えてきたのは、財務持続可能性が高く、社会的インパクトが限定的な一般企業でした。NPO等の慈善団体は、日本にもこれまでも数多く存在してきたが、財務持続可能性が必ずしも高いとは言えませんでした。財務持続可能性が高くないということは、それだけ生産性及びリターンの低い投資が行われていた可能性があることを示唆します。

イノベーションを起こすという意味でも、今後求められているのは社会的インパクトがあり、かつ財務持続可能性が高い社会的企業の存在であるといえます。

社会的資本の創造を通じて社会的投資を行う

では社会的インパクトを起こすためには社会的企業は具体的に何をすればいいのでしょうか。幾つか考えられますが、ここではソーシャルキャピタルと呼ばれる「社会資本」の形成が重要になることを指摘したいと思います。ソーシャルキャピタルは、南カリフォルニア大学のポール・アドラーらが2002年に「アカデミー・オブ・レビュー」に発表した論文の定義に基づくと「人と人がつながって、関係性を維持することで得られる便益のすべて」といえます。このソーシャルキャピタルは、金融資本(Financial Capital)、人的資本(Human Capital)に続く第3の資本と呼ばれています。

このソーシャルキャピタルが形成されることで、人と人がこれまで以上につながりやすくなり、結果としてイノベーションも生まれやすくなります。イノベーションは、元々は経済学者であるシュンペーターが「経済成長を起動するのは企業家(アントレプレナー)による新結合(ニューコンビネーション)である。」と指摘したことから端を発しています。すなわち、ソーシャルキャピタルを形成することで、新たな新結合が生まれ、イノベーションが生まれやすくなるといえるのです。

企業がイノベーションを起こすにあたっては、知の範囲を広げるために知の探索が重要になると言われています。社外の人たちや企業と協力して新たなビジネスを生み出すオープンイノベーションはまさにその具体例と言えます。

今後、日本の企業が社会的インパクトをこれまで以上に生み出すためには、一層のソーシャルキャピタルの蓄積が重要になってきます。そしてソーシャルキャピタルの蓄積を促すためには、従来の投資の枠を超えた社会的投資がこれまで以上に行われていくことが求められます。このような社会的投資が日本で数多く行われれば、最終的には、資本蓄積と労働人口の点からこれ以上の経済成長を見込むのが難しい日本経済においても、技術革新(イノベーション)を通じて、更なる成長を見込むことができます。日本において、この循環がうまく機能するためには、まずソーシャルキャピタルへの社会的投資が継続的に行われることが肝要となります。