「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明_著者登壇読書会_2018年9月2日(日)
9/2(土)にイェール大学准教授の伊神満先生をお招きした「イノベーターのジレンマの経済学的解明」(以下、本書)の読書会を開催しました。
当日の伊神先生のご講演の内容はまるまるyoutube上にアップロードされています。加えて、160ページ以上あるスライドも公開されています。両方をみると3時間近くございますが、本書の理解が深まる上に、後半の動画では、本書には書かれていない、本書の続き的な内容もお話しされていますので、必見です。。伊神先生はプレゼンテーションも非常にお上手で、またお話しもとても面白いので、あっという間の3時間になるはずです。
スライド(前後編共通・カラー)
本書の概要
本書はクリステンセンが書いた「イノベーターのジレンマ」をその名の通り、経済学的に解明した本となります。なお、日本語訳のタイトルは「イノベーションのジレンマ」となっていますが、原文では、「The Innoavtor's Dilemma」となっています。
イノベーションのジレンマ (―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき (Harvard business school press))
- 作者: クレイトン・クリステンセン,玉田俊平太,伊豆原弓
- 出版社/メーカー: 株式会社翔泳社
- 発売日: 2011/12/20
- メディア: 新書
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The Innoavtor's Dilemmaでは、業界をリードしていた企業が市場の変化や技術の変化に直面をした時に、自身の地位を守ることに失敗することを説明しています。ここでのポイントは、これまでの業界を先導してきたイノベーターとも言える業界の雄が、慢心等により失敗をするのではなく、顧客の意見に注意深く耳を傾け、新技術に積極的に投資をしたにもかかわらず、市場での優位性を失うということです。
The Innoavtor's Dilemmaは、ハードディスク駆動装置(HDD)業界を例に、上記のような現象を説明をしています。具体的には、すでに成功をしたイノベーターは既存の顧客を多く抱えていることから、新たな技術が生まれてきた際に、その技術の優位性はわかっていたとしても、既存の顧客を重視することで、結果的にイノベーション競争で後手に周り、結果的に新たな企業に駆逐されてしまうということです。
本書は、上記の現象を経済学的に解明した内容としております。経済学的に解明をしているのは、The Innoavtor's Dilemmaは当該現象をケーススタディ的な検討を中心に行っているためです。実際、本書の元となる論文であるEstimating the Innovator’s Dilemma: Structural Analysis of Creative Destruction in the Hard Disk Drive Industry, 1981–1998では動学ゲームやシミュレーションと行ったゴリゴリの経済学を使って説明がなされています。
他方で、本書の書きぶりは「経済学の本気をお見せしよう」、「白い恋人と黒い恋人」と言った書きぶりや可愛い挿絵が多いことから、非常にポップで親しみやすく、サクサク読むことができます。
本書におけるThe Innoavtor's Dilemmaの経済学的説明は極めてシンプルです。すなわち
- 需要面における自社製品の共食い現象の需要関数の推計
- 供給面における駆け抜けの原因を図るための利潤関数の推計
- そして、能力格差を図るための投資コストの推計
の3つです(P156)。なお、書きぶりがポップなだけにわかった気になりがちですが、例えば「ミクロ経済学の力*1」を読み直すことで、本書の理解は一層深まるものと思われます。私自身、大学院で経済学を研究をしていたこともあり、さらっと書かれている箇所の節々に分析や示唆の深さを度々感じ、感動さえ覚えました。さすがJournal of Political EconomyにAcceptされるぐらいの論文はここまで論点を詰めているのかと。
また、経済学的な学びがあることに加えて、本書のP12に「人生の岐路に立っておられる方にも、何かしらの勇気みたいなものを提供できるかもしれない」と書かれているように、本書は生き方や物事の取り組みかとしても非常に含蓄がありました。
例えば、P266に書かれている、伊神先生の指導教官であるエドが博士課程の院生に問う「君の問いはなんだ」は、多くの人にとって本質的なことだと思います。事実、伊神先生の大学院時代の同級生で、新参企業の創業者の方は以下のことをおっしゃっています。
投資も起業も経営も、結局その「問い」に尽きる。
また、本書の研究から導き出される経営的観点からの結論(290)は「損切り」と「創業」をどうするか、ということであり、非常にシンプルです。ですが、だからと言って、「ありきたりの結論で面白みがない」という感想を抱いてしまうのは、非常にもったいないです。そうではなく、P311に以下のことが書かれているように、結論に至る過程までが非常に重要となる、と言った点に私自身も感動に近い共感を覚えました。
「結論」や「解答」そのものに、大した価値や面白みはない。そうではなくて
- そもそもの「問い」
- その煮詰め方、そして
- 何を「根拠」に、いかなる「意味」において、その「答え」が言えるのか
つまり「どんなことを、どんなふうに考えながらそこに到達をしたのか」という「道のり」こそが、一番おいしいところで、大人に必要な「科学」というものだ
本書は、1最新の経済学の研究を知る、2イノベーターのジレンマの理解を深める、3経済学の理論が実際どのように応用されるのかを学ぶ、さらには4人生の指針を得る、といったように多角的に学びを得られる本となっています。私も本を読み直すたびに、様々な側面が見えてきて、改めて本書の深みを感じるとともに、最初の頃は、海に潜るどころか浅瀬でチャプチャプ遊んでいただけなのに、わかったつもりになっていたと反省をした次第です。
当日の質疑応答
当日のご講演は前半と後半に分かれていて、それぞれで質疑応答の時間をもうけました。質疑応答では日本のセミナーでは珍しいかと思いますが、常に誰かしらが質問をするために手を挙げていて、非常に盛り上がりました。以下では、一部の質疑応答をご紹介いたします。
- Q:P256の図9-4において、一つの企業が複数の新規事業開発を行っているような想定はされていないのか。
- A:現在のモデルではそういった設定はしていない。HDD業界では、大手企業からスピンアウトして新参企業になることが多い。モデルでは、起業家が定期的に生まれるような想定となっている。
- Q:第8章で動学的感性を養おうとあるが、現実の世界において、将来の不確実性に対してはどのように対処をすれば良いのか。
- A:本書のP233では、パターン別に詳しく解説している。このように考えることが重要だろう。
- Q:今回のご講演では非常に多くの学びがあった。学び方についてのヒントがあれば教えていただきたい。
- A:まさに「What is your question?」(P266)が大事となるであろう。何を目的関数におくかで学ぶべきことや学び方も変わってくる。
以上となります。また、上記に記載した著者登壇の読書会とは別に9/29に参加者だけで、本書の感想を共有する読書会も開催しております。よろしければそちらもご確認願います。