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主に経済や金融に関する記事や開催した読書会や勉強会の報告を書いております。

「情報経済の鉄則」読書会_開催報告_2018年4月21日(土)

ネットビジネスが隆盛の現代において、ビジネスシーンで最も有名な経済学者といえば、グーグルのシニアエコノミストであるハル・ヴァリアンといっても過言ではないでしょう。

このハル・ヴァリアンがカール・シャピロと共著で1999年に発売した「情報経済の鉄則(以下、本書)」の読書会を4月21日(日)開催しました。

情報経済の鉄則 ネットワーク型経済を生き抜くための戦略ガイド (日経BPクラシックス)

情報経済の鉄則 ネットワーク型経済を生き抜くための戦略ガイド (日経BPクラシックス)

 

ハル・ヴァリアンは、ミクロ経済学の大家でもあり、経済学部出身の人は学生時代にヴァリアンの教科書*1にお世話になった方も多いかと思います。また、経済学部出身でなくとも、ヴァリアンはグーグルのチーフエコノミストとしても非常に有名なので、IT系に明るい方はむしろグーグルのエコノミストとしてのヴァリアンの方に馴染みがあるかもしれません*2

今般、1999年に書かれた本書が日経BPクラシックにおいて再度翻訳されたことから読書会を開催する運びとなりました。当日は本書の解説を書かれた琴坂先生にもご参加いただいたこともあり、読書会は大いに盛り上がりました。以下では、①本書の概要、②参加者同士のディスカッション内容、そして③琴坂先生を交えたディスカッションの内容について記載します。

①本書の概要
本書は、「情報」といった特殊な財を扱った場合の経済原則についてまとめられた本です。情報を扱ったミクロ経済学の研究については1999年時点でも膨大な研究がありましたが、本書ではこれらの情報に関する研究について、現実のビジネスも踏まえた上で、平易な文章で解説が行われています。

情報財の特徴としては、「生産コストは高いが、再生産のコストは低い」といったことがあげられます。また、このような特徴があることから、情報財はコストではなく、「価値」に応じて価格を設定することが可能(バージョン化)であったり、技術インフラが発展すると、情報へのアクセスが容易になり、結果的に情報の価値も高まったりするといった特質も生まれてくることとなります。

本書で描かれている、情報財によってもたらされる価格のバージョン化、ロックイン、そしてネットワーク外部性といったサービスやサービスの特製の議論等を読んでいると、まさに現在GAFAと呼ばれるgoogleapplefacebook、そしてamazonらのビジネスモデルを思い出すことになろうかと思います*3。この本を19年前に読んでいたら上手にビジネスを興せていたのではないかと考えずには入られませんでしたが、本書を19年前に読んだ友人によれば「当時読んだ時は、ビジネスのイメージが今ほどわかず、今になって再読することでこの本で書かれた意味がわかった」という感想を頂戴しました。確かに、2000年前で、ブロードバンドやスマホが普及していない時点においては、一部のITビジネスに詳しい人以外は、本書を読んでもピンとこなかったかと思います。

他方、現在は本書で解説されているロックイン、ネットワーク外部性等のサービスを、多くの人はスマホ等を通じて経験していることから、本書を読むことで、今ではたくさんの気づきが得られるものかと思われます。実際、価格のバージョン化やロックイン等の事例について本書で説明されているサービスは古いものの、自身で使っているスマホのサービスを考えれば、GAFAのサービスは当然のごとく、その他にもすぐに直近の具体例を思いつくことができます。

②参加者同士でのディスカッションにおけるコメント
以下では、当日のディスカッションで出てきたコメントを一部掲載いたします。

  • 20年近く前に書かれた本だが、今に繋がる視点について多く書かれている。
  • 日本の企業は本書で書かれているようなオープンイノベーション的な発想を十分に使えていないのではないか。
  • 本書では、「プラットフォーム」や「エコシステム」という概念自体は直接出てこないが、これらにつながるアイデアは多く書かれている。なお、プラットフォームは、例えばアップルがiosを中心としてビジネスを展開するような「プラットフォームビジネス」のようなイメージである一方、エコシステムはiosとアンドロイド、そしてその周辺のサードパーティー全てを巻き込んだ上でのビジネスの生態系といったイメージである*4

  • iosやアンドロイドといったそれぞれが独自のプラットフォームを持つ企業よりも、LINEのようにiosとアンドロイドの両方で使えるようなサービスの方が将来的にプラットフォームとなり得るのではないか。事実、LINEはOS横断的にビジネスを展開しており、メッセージサービスを基軸に据え、写真管理、ゲーム、漫画、ニュース、タクシーそしてスピーカー等幅広いサービスを提供している。
  • 企業としては、ユーザーをロックインしたいという気持ちがある一方で、ユーザーは一つの企業にロックインされたくないという書かれ方を本書ではしているが、最近のビジネスではむしろ積極的にロックインされるようなスタンスを取っている企業もある。


③琴坂先生を含めたディスカッションでのコメント
上記②の参加者の本書に対する感想を踏まえた上で、後半は琴坂先生がMBAの授業さながらに参加者に多くの質問をしながら、参加者から一層示唆のあるコメントを引き出すとともに、有益な助言をしてくださいました。以下では、その内容の一例を記載いたします。

  • Q.琴坂先生からの問いかけ:今のビジネスにおいて本書で書かれている内容は定跡のようなものであり、全員がこう言ったことを知っている前提でビジネスに取り組んでいる。では、本書で書かれてる内容で、現在は何が使えて何が使えないのだろうか。
  • (参加者からのコメント)かつてに比べてユーザーの選択肢が増えていることから、一つのサービスが市場で支配的になるということは実際には減っているのではないかい。例えば電子マネーや仮想通貨は複数の規格やサービスが乱立している。
  • 企業は引き続きユーザーをロックインしようとしているが、同時にスイッチングコストは低くなっていることを全体にゆるいロックインをしているのではないか。例えば、ロイターやブルームバーグといった端末は操作が複雑で、他の似たようなサービスを使うにはスイッチングコストが発生してしまうが、SPEEDAのサービスは非常に使い易い一方で、ユーザーからするとすぐにスイッチできてしまう。UXを高めることで、スイッチングコストも低くなってしまっている。
  • ユーザーによっては積極的にロックインされようとする企業や法人もいるのではないか。実際、ロックインされることで、サービスの恩恵は得ることができる(例えば楽天関連のサービスを多く使えば使うほど、楽天のポイントは付与され、ユーザーは得をする。イオンやアマゾンも同様)。
  • ロックインされても良いサービスとされたくないサービスがあるのではないか。例えば、不確実性が高い状況やサービスについては、ユーザーはロックインされたくないと感じだろう。一方、インフラ的で長期的な利用が見込める場合は、ロックインされることを積極的に選ぶかもしれない。また、完全にロックインされるのではなく、プランBといったオプションを有するのも大事になってくる。
  • 最近増えてきているシェアリングエコノミーや贈与経済においては、本書で書かれているようなロックインやネットワーク外部性は必ずしも機能しないのではないか。実際、価値経済では、本書で重要なキーワードとして書かれている正のフィードバック(positive feedback)が起きにくいように感じる
  • 本書の内容は伝統的に経済学をベースにしているため、個人の価値観は一様としているが、現実世界においては、価値観は多様化している。そのことが、正のフィードバックが起きにくい理由の一つではないか。また同じ個人だとしても、自分の関心対象によって、全く逆の行動をとったりもする(平野啓一郎の分人論)。
  • (琴坂先生コメント)この本に書いてなくて、現在使われているビジネスの戦略はどうだろうか。例えば、メルカリやクラシルは後発が、ビジネスで優位な立場を取っている。これらの企業が行った戦略は、「徹底的に広告を行う」ということ。このことは本書には書かれていないが、現在のネット関連ビジネスでは、後発でもプロダクトのUXを高めるとともに、調達した資金を広告に投入することで、多くの人に認知をしてもらった結果、プロダクトが普及する可能性が高まるということがわかっている。最近では、indeedもそう言った例だろう。一方で、こう言った戦略もすでに知れ渡っているので、ビジネスの戦略として優位性が以前のようにあるとは言えない。本書の内容等、かつては狙ってビジネスを爆発的に普及される時代があったが、ここで書かれていることはすべてみんなが知っているという前提で、改めて本書に書かれている内容で未だ使えること、そしてこの本に書かれてはいないが、現在有効になっていることを考えて欲しい。最後に、宿題として、本書ではアップルの凋落が書かれているが、その後、ご存知の通りアップルは見事な復活を遂げた。その原因は何だろうか。みんなで考えてもらいたい(注:宿題の提出義務も宿題の提出先も特段ございません) 

以上となります。本書にも書かれているように、本書の内容は伝統的なミクロ経済学において情報財を用いた不完全競争の多くの理論的研究を元に書かれたものとなっていますが、経済学の理論がこれほど現在のビジネスのあり方に直接的、間接的に影響を与えることには驚きに近い感動を覚えました。まさに経済学の理論とビジネスの現場において正のフィードバックが起こっていたものと考えられます。

同時に琴坂先生のお話でもあったように、現在のビジネスにおいては本書で書かれていることは当然に皆知っている前提で、新たなビジネスを展開する必要があります。本書で書かれている内容の似たようなコンセプトとして、フリー戦略やプラットフォーム戦略が実際今でもビジネスにおいて重要な役割をなっていますが、それらを駆使するだけでは当然に競合企業を出し抜くことは出来ません。ではどうすれば良いのか。答えは一義的に決まるわけではありませんが、当日の議論を踏まえると、ウーバーやAir B and Bといったサービスを代表とする価値経済やシェアリングエコノミーにおいては本書で書かれている情報経済の鉄則以外の鉄則も多数今まさに生まれてきているように感じております。

本書で議論した内容を、この読書会だけで終わらせるのは非常にもったいないですが、幸いにも5月19日に「機械との競争」*5で有名な、エリック・ブリニョルフソンとアンドリュー・マカフィーによる新著である「プラットフォームの経済学」の読書会を2018年5月19日に開催します。

プラットフォームの経済学 機械は人と企業の未来をどう変える?

プラットフォームの経済学 機械は人と企業の未来をどう変える?

 

当日は、翻訳者の村井章子さんにもご参加いただく予定です。ご興味がある方は是非facebookから申し込みをしていただければと思います。

www.facebook.com

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*1:例えば、以下。 

入門ミクロ経済学 [原著第9版]

入門ミクロ経済学 [原著第9版]

 
Microeconomic Analysis

Microeconomic Analysis

 

*2:以下の本にてヴァリアンと大阪大学の安田先生と対談されており、ヴァリアンによるグーグルでの取り組みも書かれています。また、ヴァリアンの取り組みについてはこちらの対談も参考になります。

*3:例えば、価格のバージョン化といった戦略についてはフリーで詳しく解説されていますが、フリーで書かれている内容の多くが本書でカバーされています。

フリー[ペーパーバック版] 〈無料〉からお金を生みだす新戦略

フリー[ペーパーバック版] 〈無料〉からお金を生みだす新戦略

 

*4:エコシステムについては、例えば、以下の雑誌が参考になります。

*5: 

機械との競争

機械との競争