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「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明_読書会_2018年9月29日(土)

2018年9月29日(土)9時から「イノベーターのジレンマの経済学的解明」の読書会を行いました。「イノベーターのジレンマの経済学的解明」の勉強会自体は、9月2日に著者である伊神先生をお招きして、実施しましたが、今回は、参加者のみで本書をじっくり語りあう会となりました。

「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明

「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明

 

 前回の勉強会では、伊神先生のプレゼンとその後質疑応答だけであっという間の3時間が過ぎました。そのため、今回は、前回の参加者のご提案により、参加者のみで本書の感想を語り合う(プレゼンもなし)という、読書会の原点のような会となりました。

そして、終わってみれば、3時間休みなしでぶっ続けで議論。ある参加者からは「最高のエンターテイメントでした!」というお言葉を頂戴したほど盛り上がりました。当日の議論のサマリーを以下に記載いたします。

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データ分析について
・P122の第5章からの説明があるように、実証分析、シミュレーションをできるのが経済学の強みだと感じている。イノベーターのジレンマでもそうだが、経営学ではデータを分析するというよりもケースでの議論が多い。一方で、P254以降の仮想シミュレーションにあるように、個別の企業の特性を捨象して分析をしているのは大胆に感じる。
・確かに実証分析やシミュレーションをツールとして経済学ではよく使われる。一方で、経営学でも近年実証分析が多い。なお、入山先生の「世界の経営学者は何を考えているの」*1でも書かれているが、実証分析はあくまで平均を出すだけであることから、アップルやトヨタのようなエクセレントカンパニーの個別の特徴を掴み取るのは難しい。アップル等は普通に考えて、平均的な企業の特性を持っているわけではないだろう。そういった状況においてはケースはスタディはやはり役に立つ。伊神先生の分析では、よりマクロ的な視点から産業を分析をしているので、個別企業の特徴までをすべて踏まえるのは当然に難しいと言える。
・データを使った分析について、ビジネスはまだかなり遅れている。これまでのようにただの回帰分析を行って相関を見るだけでなく、ようやくビジネスでもP140の対照実験のようなことが行われるようになってきている。例えば、本はどこでも価格と質は均一だが、最近本を買うことで楽天ポイントやdポイントポイントが得ることができるケースが増え始めている。ポイントは実質的な値下げとも考えられるため、価格の低下が売上に具体的にどれだけ影響するかを店舗毎に分析をすることができるようになっている。しかしながら、P145に書かれているようなシミュレーションまではまだまだ先だと考える。
・例えば、大湾先生が書かれた「日本の人事を科学する」*2には、人事に関するデータを用いて分析が行われている。ただし、この分析をするにはデータセットをいかに集めるかでかなり苦慮している。企業の協力と学者の統計学の分析手法を用いて始めてできる分析といえる。「こんなデータがあるから何か分析してくれませんか」的な感じで、データ分析を専門家に依頼されても、目的が明確でないため、受託者も困ってしまう。まさにP137に書かれているように「データは何も語らない」の代表例だろう。P138の基本チェックリストは常に確認をする必要がある。
・去年に中室先生らの「原因と結果の経済学」*3や伊藤先生の「データ分析の力」*4が発売されたが、これらを読むことで、どういったデータセットを準備すれば良いかはわかるだろう。
・近年のAIによるデータドリブンな分析もつまるところは回帰分析を行っているにすぎない。特徴量(統計学でいう説明変数)を多く当てはめて、もっとも当てはまりの良い特徴量を見つけているような感じと言える。ただ、仮に当てはまりの良い特徴量を見つけたとしても、なぜその特徴量が被説明変数に有効なのかは解釈を要する。例えば、AIはすでに囲碁や将棋で人間を超えているが、プロ棋士でさえもAIが打つ手を理解できていない場合がある。人間が解釈を与えて、結果のプロセスを把握することが重要になる。
・また計量経済学においては、推定量の不偏性や一致性等においてバイアスがないかが非常に重要な論点となる。一方で、ディープラーニングではこういった点はほぼ無視され、当てはまりに注力している。推定量の不偏性や一致性等の分析については計量経済学の方がAIよりもずっと先を行っているといえる。
・伊神先生のシミュレーションの凄さは、分析用にデータを取ったのではなく、使えるデータのみからデータを加工した点だと感じている。例えば、投資関数を推計するにあたって、資本は数式では「K」と表せば終わりだが、実際に企業のB/SからKを作るのは、それだけで場合によっては半年ぐらいかかったりもする。それぐらいデータセットの作成は大変である。本書ではそこまで詳しく書かれていないが、厳密な経済学の手法を用いて、需要と供給の側面から理論と実証の分析をしているのは本当に凄いと感じた。

動学的感性
・P211の第8章動学的感性について。朝倉さんが書かれている「ファイナンス思考」*5でも似たようなことが書かれていたが、何か共通するものがあるのではないか。
・経済学でもファイナンスでも基本的には将来CFや将来の効用を現在価値に割り引くという手法を用いる。そのため、ファイナンス思考に書かれているということと似ているのはご指摘の通りだろう。動学最適化は、別名back ward induction(P246に書かれている「後ろ向き帰納法」)とも言われる。すなわち、将来のあるべき姿を想定して、そこにたどり着くためにはどうすべきかを逆算していく方法。本書で言うところのブラック企業や不機嫌な恋人はまさにこの例といえる。
・企業を例にとってみると、企業はミッションやビジョンがあって、そこから逆算して、現在の事業の状況を把握して、そのギャップを埋めるために今後どうすべきかを考えるということが必要になってくる。企業がミッションやビジョンがあるのは、後ろ向き帰納法を行うためとも考えられる。
・経営陣は現場の数字を積み上げて、そこから今後の経営計画を考えているケースも多いかと思う。その場合、あくまで現状の延長線上にしか、企業はいけないのではないか。その先に、企業のミッションやヴィジョンがあるならば良いが、そうでないならば、それは経営者の怠慢といえる。
・ビジョンもミッションも明確になっていない企業からコンサルが経営の相談を受けたとしても、そもそもゴールが明確ではないのだから、コンサルも困るはず。仮に企業がコンサルに「ビジョンやミッションを明確にしてほしい」と依頼したら、それこそ本末転倒になってしまうだろう。
・ヤマトを創った小倉昌男の「経営学*6では、まさにゴールから逆算をして経営を考えている描写が出てくる。

問いは何か
・P266の問いは何かが本質的に重要だろう。企業にとっての「問い」とはまさにヴィジョンやミッションである。この「問い」が明確になっていないのに、「このデータを使って何かできませんか」や「数字の積み上げでとりあえず今後の業績予想をする」というのはどうなのだろうか。
・「問い」を具現化したのがまさに企業の理念や社訓と言える。しかしながら、内容も理解せずに社訓を丸暗記することにどれだけ意味があるのか。
・おそらく起業当初は、社訓が本当に意思決定に影響を与えるぐらい重要だったのだろう。一方で、企業が大きくなる中で、社訓や理念が薄まっていき、最終的な丸暗記になったのかもしれない。ただ、丸暗記だとしても、実務を経験する中で、ある時に社訓の意味を理解することもあるかもしれない。例えば、昔読んだ本でその時は意味がわからなくても、時間が経過する中で、もう一度読み直したら新たな発見がある時がある。本の内容は変わっていないものの、後読感が変わったとしたら、まさにそれこそが成長と言えるだろう。社訓も同じくことが言えるのかもしれない。
・最初は社訓や理念の意味がわからなくても将来的にわかれば確かに良いとは思う。一方で、そのままわからずに時間だけが経過してしまったとしたらそれは無駄だろう。実際そのような企業の現場は多いのかもしれない。
・先ほどのデータ分析の話もミッションの話も同じだが、結局のところ「問い」が大事と言える。
・逆に、もし個々人が自身の「問い」を突き詰めた場合、会社の「問い」と自分の「問い」が交わらなくなってしまうと会社をやめる人が続出する可能性がある。その場合、経営者や中間管理職は、テクニックとして、従業員を忙殺させて「問い」を考える余裕を与えないという手法をとるのかもしれない。
・そもそも世の中全員の人が「問い」を持つ必要があるのだろうか。「問い」ばかりを持った人で従業員が数万人という企業をまとめるのは非常に難しいかもしれない。むしろ、起業家等が問いを持ち、その問いに関心を持ったり、もしくは問いには興味がないが面白そうな人がいるから、自分の能力をその企業で生かしたいという人もいるのではないか。
・それはまさに、TEDの裸踊りの例だと言える。言い方を変えると「フォロワー」とも言える。
・ヴィジョナリーカンパニー2*7では、「誰をバスに乗せるか」という話が出てくる。「問い」に共感をしてくれる人をまず乗せることが重要になるだろう。

どんなことを、どんな風に考えながらそこに到達したのか
・P311に「結論や回答そのものに、大した価値や面白みはない」と書かれている。さらに、その後「どんなことを、どんな風に考えながらそこに到達したのかという道のりこそが一番おいしいところ」と書かれていて、この点には深く共感を覚えた。
・本書で示された結論は極めてシンプルである。その結論はP290の「「損切り」と「創業」。事の本質はこれだけである」の部分である。だが、この1行を言うために、本書は289ページを費やしているし、原論文はもっと細かい分析をしている。結論は確かにありきたりかもしれない。一方で、P291に書かれている通り、多くの現場では「全力の尻込み」が行われていて、実際に「損切り」と「創業」に絞って行動をすることは難しいといえる。
新潮45の事例は興味深い。今回記事が炎上し、結果として廃刊ということになった。一方で、今回のようなことがなくても早晩廃刊になっていたことも考えられる。そこまで打算的とは思えないが、炎上をきっかけに廃刊ができたということがあるかもしれない。それぐらい損切りは非常に難しい。みんな結論としては損切りすべきことはわかっている。でも、それまでの社内の意思決定プロセスで全力の尻込みをしているのかもしれない。


人生の岐路
・P12に「人生の岐路に立っておられる方にも、何かしらの勇気みたいなものを提供できるかもしれない」と書かれているが、実際この本からは人生においても非常に有益な示唆をもらった。
・伊神先生のプレゼンに書かれている「一般的関心事項」、「経済的価値」、「私にできること」の3つが交わるところに取り組むという話には非常に感銘を受けた。
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以上

追伸
10月1日に著者の伊神先生から本読書会で議論した内容につき、Face Book上にコメントを頂戴しました。コメントありがとうございました!

www.facebook.com

 

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*1:

世界の経営学者はいま何を考えているのか――知られざるビジネスの知のフロンティア

世界の経営学者はいま何を考えているのか――知られざるビジネスの知のフロンティア

 

*2:

日本の人事を科学する 因果推論に基づくデータ活用

日本の人事を科学する 因果推論に基づくデータ活用

 

 

*3:

「原因と結果」の経済学―――データから真実を見抜く思考法

「原因と結果」の経済学―――データから真実を見抜く思考法

 

*4:

データ分析の力 因果関係に迫る思考法 (光文社新書)

データ分析の力 因果関係に迫る思考法 (光文社新書)

 

*5:

ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論

ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論

 

 

*6:

小倉昌男 経営学

小倉昌男 経営学

 

*7:

ビジョナリー・カンパニー 2 - 飛躍の法則

ビジョナリー・カンパニー 2 - 飛躍の法則