未来の金融をデザインする

主に経済や金融に関する記事や開催した読書会や勉強会の報告を書いております。

人事と組織の経済学_第2章適任者の採用まとめ

「人事と組織の経済学」の第2章は、「適任者の採用」といったテーマで、企業がどのように従業員を採用するのか、そして入社した後、どのような種類のキャリアを歩ませるのかを考察しています。

人事と組織の経済学・実践編

人事と組織の経済学・実践編

 

 企業にとって魅力的な人材に入社してもらうには、いくつか方法がありますが、一番わかりやすいやり方としては高い給与や条件を提示することがあげられます。確かに高い給与を提示することで、優秀な人材が応募をしてくる可能性が上がります。しかし、給料が高いために同時にスキルの低い人材も呼び寄せてしまうことになります。採用時には、応募者と企業側には情報の非対称性が存在するために、いわゆる逆選択という問題が生じ、企業は質の悪い人材ばかりが集まるというリスクを負うことになります。

なお、逆選択は英語では「Adverse Selection」となっており、本来的な意味では「逆選択」という日本語よりも「逆選抜」の方がしっくりくるかと思います。

望ましくない応募者を除くための一番わかりやすい方法が、候補者の経験(仕事や昇進歴)や学歴(例えば卒業した大学や大学での専攻、MBA等)の要件を設けることです。このことは、応募者から見れば「シグナリング」を発することで、自分が優秀であることを企業に示すことと言えます。他方、企業から見て事前に応募者の質がわからない場合は、経験や学歴等を利用し、「スクリーニング」をすることで、優秀な人材を見極めるという行動をとることになります。

本書の例では、「求職者に自己選択をさせる」といったものが秀逸でした。生産性がそれなりに高いDと生産性がとても高いEがいたとします。企業はどちらも生産性がそれなりには高いので簡単に見分けることはできません。このような、場合試用期間を設けて、最初の期間は給料は低いものの、後半の期間は昇進をすれば給料が高くなるとします。ポイントは、最初の期間は他の仕事をする場合よりも給料は低いということです。昇進する自信があるEは、最初の期間の給料が低くても、後半の使用期間で昇進をすれば高い給与を得られるので、自ら当該ポジションに応募をしようとします。しかしながら、生産性がそこそこのDは、昇進できない可能性があり、給与が最初の期間も後半の期間も低いままの可能性があります。この場合は、それなりに生産性が高いDは、他の仕事を選んだ方が給料面では合理性がある可能性があります。その結果、求職者による自己選抜が行われ、生産性の高さに自信のあるEのみが応募する可能性が高くなります。

このように、シグナリングやスクリーニングはエッセンスはわかりやすいですが、実際の運用となると綿密な設計が情報の非対称性の解決に本質的に役立つものとなります。

本章の説明は基本的には「昇進か、退職か(up –or -out)」をベースに議論が進んでいるため、年功序列的な先入観があるとやや理解が難しいかもしれません。年功序列的な雇用形態も企業が生産性を上げるための相応の合理性がもちろんあります。しかしながら年功序列の賃金体系はある意味応用的なインセンティブ設計がなされているという点で、まずは「昇進か、退職か(up –or -out)」といった典型的な情報の非対称性の問題を扱うことで、採用に関する合理性を学ぶのが良いかと考えます。

人事と組織の経済学_第1章採用基準の設定まとめ

2018年2月18日から開催する「人事と組織の経済学」勉強会。初回の輪読の範囲である第1章と第2章の概要について記載いたします。 

人事と組織の経済学・実践編

人事と組織の経済学・実践編

 

本書は大きく分けて三部から構成されています。第一部は、「採用と従業員への投資」、第二部は「組織と職務の設計」、そして第三部は「実績に基づく報酬」となっています。

第1章では、費用便益の分析からどのような労働者を、そして何人採用すべきかについての議論が行われています。ここで用いられる経済学的な分析はファイナンス的な分析手法とも似ています。すなわち、年収500万円の人を5年間雇うということは、5年間で2,500万円の設備投資を行うこととも言えるため、分析手法が似てくるのは当然と言えます。

なお、ミクロ経済学の生産関数では、産出量は、資本と労働の投資の関数(Y = F(K, L))によって決まってきます。どのような設備に投資をすべきかを分析するのがファイナンス理論ならば、どのような人材を投資すべきかの分析は労働経済学や人事経済学の分野に該当することになります。

一方で、設備への投資と人への投資は幾つかの点で決定的に異なります。本書で用いられている例を引用しましょう。

あなたはロンドンのシティ(金融街)の投資銀行のパートナーであり、アソシエイト(ジュニアな)投資銀行家の一つのポジションを2人の候補者から選ぶというケースを想定してみよう。グプタは経済学の学位を持ち、金融アナリストとしての数年の経験と金融を専門にしたMBAを有し、投資銀行で夏のインターンを経験したという、他の候補者と同じような標準的な経歴を持つ。彼の生産性は非常に予想しやすく、年間20万ポンド相応の価値をもたらすことができると想定される。もう一方の候補者、スベンソンは他の候補者と全く異なった経歴を持っている。彼女は非常に素晴らしい成果を上げてきており、誠に才能あふれるように見えるものの、投資銀行業務に関する経験はほとんどない。従って、彼女がどの程度成功するのかを予想することは難しい。彼女は年間50万ポンド稼ぐスタープレイヤーになるかもしれない可能性を秘めているものの、一方年間10万ポンドの損失をもたらす可能性もある。スベンソンの成否の確率は同じ(50%)だと考えてみよう。スベンソンのある1年の成果の期待値(平均値)はグプタのそれと全く等しくなる。仮に二人の労働者の費用が同じだとすると、どちらを採用すべきだろうか?答えは直感に反するかもしれないが、およその場合、企業はよりリスクの高い従業員を採用すべきである。

上記の文章を読んだ時、正直「あれ?」と感じました。通常のファイナンスの理論に基づけば、リスク回避的を想定している状況においては、同じ期待値が見込めるならば、よりリスクを低い投資先を選ぶのがセオリーとなっているからです。別の視点でいうならば、相応にリスクがあるならばその分リスクプレミアムがなければ、投資をするメリットはないと考えます。

では、上記の例ではなぜよりリスクの高い従業員の採用を推奨しているのでしょうか。その理由は、仮にリスクの高いスベンソンを選んだとしても、結果的にスタープレイヤーにならずに毎年10万ドルの企業に損失をもたらす人材ということがわかった場合には、1年後解雇すれば良いからです。なお、この前提には、二人とも10年間勤務をする前提で、さらにスベンソンがスタープレイヤーかどうかを判断するのに一年を要すると仮定されています。

このように企業に解雇に関するリアルオプションがある場合は、保守的で実績のある人材よりも、潜在性のある人材を優先すべきという議論が成り立ちます。このような発想は、終身雇用が前提で、解雇が難しいと考える日本企業にいると発想としてまず出てきません。この点がまさに理論を学ぶ醍醐味の一つだと考えます。

第1章では、その他、スベンソンがスタープレイヤーかどうかについて情報の非対称性があること採用を難しくさせること、潜在的なスタープレイヤーを安く雇用ができたとしても後にスタープレイヤーだと分かった場合、他者への転職リスクもあること、企業にとって最も望ましい労働者は賃金が最も低い労働者でも、また生産性が最も高い労働者でもなく、コストに対する生産性が最も高い労働者であることが数値例を示されながら、説明されています。

上記を読んで面白いと感じた人は、この後も読み進める価値がある本だと思いますが、「非現実的だ」と一蹴してしまう場合は、正直今後読み進めるのは、費用対効果の点で見合わないでしょうか。FEDでは、「実務からでは必ずしも得られない視点がある」といった点を重要視し、今後も輪読を続けていきます。

人事と組織の経済学_導入

2018年2月18日から人事と組織の経済学の輪読を開始します。

人事と組織の経済学・実践編

人事と組織の経済学・実践編

 

FEDではこれまで組織の経済学*1及び法と経済学*2の輪読を行ってきました。今回の人事と組織の経済学は、この流れを引き継ぐ勉強会となっております。実際に人事と組織の経済学の内容は、モデルの構築方法やインセンティブや制度の設計方法において、組織の経済学や法の経済学で学んできた内容と重なる部分も多々あります。

以下では、人事と組織の経済学(以下、「本書」)の概要について記載します。本書は、人事経済学の第一人者で日本の終身雇用の論文でも有名な*3エドワード・P・ラジアーがマイケル・ギブスと共著で書かれたもので、スタンフォード大学シカゴ大学のビジネス・スクールの「経営者のための人事経済学」の授業においても使われている教科書です。そのため、アカデミックな知見を用いながらも、実際のビジネスを見据えられているため、事例が豊富で読みやすい内容となっています。

訳者の前書きでもかかれているように、自動車が順調に走っている時に、運転者はアクセルとブレーキの踏み方、ハンドルの回し方さえを知っていれば、エンジンの仕組み等がわからなくても、自動車を走らせることができます。一方で、自動車が故障すると、エンジンのような仕組みがわからないと途端に自動車を動かせなくなり、修理をするには、プロの技術者やエンジニアによる助けが必要になってきます。

このような状況は人事制度に当てはまります。企業や経済が順調に成長している時には、これまで通りと同じように人事の運用、例えば個々の制度や慣行、給与体系、人事評価等を続け、これらが企業のパフォーマンスにどのような影響を与えているのかを知らなくても大きな問題にはなりません。他方で環境が抜本的に変わり、企業のあり方や戦略を変えなければならない際には、人事制度や雇用制度の仕組みをきちんと理解していないと対応することはできません。日本の企業は未だに多くの企業が暗黙のうちに終身雇用、年功序列、新卒一括採用といった雇用体系を採用しています。これらの雇用体系は戦後の高度経済成長期と日本の人口動態を前提とした制度でしたが、前提が変わっている現在においては、小手先の変更ではなく、抜本的な手当が求められるようになります。

「未来の金融をデザインする」をミッションとするFEDが今回人事と組織の経済学を輪読の課題本とした理由の一つは、このような組織の抜本的な手当てを行うに当たって、金融も大きな役割を果たすと考えているからです。その理由はコーポレートガバナンスに見られるように、組織の統治においては、金融のあり方もまた組織に多大なる影響を与えるためです。

ではどのように今後の日本の人事を再構築すれば良いのか。本書では、経済学の知見を用いて、採用基準の設定、組織と職務の設計、報酬、福利厚生、雇用関係等についての仕組みのあり方について解説されています。終身雇用、年功序列といった雇用制度が機能しなくなった状況において、どのような人事制度を設計すれば企業のパフォーマンスを上げることができるのかについて本書は大きな示唆を与えてくれます。

*1:

組織の経済学

組織の経済学

 

*2:

法と経済学

法と経済学

 

*3:Edward P. Lazear(1981),” Agency, Earnings Profiles, Productivity, and Hours Restrictions”, American Economic Review , Vol. 71, No. 4 (Sep., 1981), pp. 606-620

【開催報告2018年2月4日(日)「日銀と政治」読書会】

2月4日(日)に「日銀と政治 暗闘の20年史」の著者である鯨岡さんをお招きし、当該本の読書会を開催しました。

日銀と政治 暗闘の20年史

日銀と政治 暗闘の20年史

 

 当日は、最初に鯨岡さんにプレゼンをしていただき、後半ではチームに分かれて、本書に対する質問や日銀の金融政策に関する幅広い質問を受け付け、鯨岡さんとともに日銀と政治のあり方についてディスカッションを行いました。以下では、本書の概要および当日のディスカッション内容について振り返ります。

①本書の概要
本書は朝日新聞政治記者として首相官邸民主党、そして日銀等をご担当された鯨岡さんが書かれた日銀の政策決定に関する本です。いうまでもなく、日銀は日本の金融政策を行う主体であり、金融政策は、日本銀行政策委員会による金融政策決定会合により決定されます。

教科書的には金融政策は日銀の独立性により、政府の影響からから独立して決定されます。仮に政府が日銀を完全にコントロールできると、国債の日銀引受を通じて財政規律が弱まりハイパーインフレが起こる可能性が出て来るためです。そのため、金融政策が決定されるにあたり、日銀の独立性は非常に重要になりますが、この独立性が担保されたのは約20年程前の1997年です。

本書は1997年の日銀の独立性の際にどういった背景で政治的に日銀の独立性が決められ、その後、どのようにして日銀の総裁や副総裁をはじめとする日本銀行政策委員会が決められてきたのかを政治の視点から書かれています。

これまで、日銀や他国の中央銀行の金融政策に関する本はたくさん発売されて来ましたが*1、政治的な切り口から金融政策を詳細に書かれた本は私が知る限りおそらく初めての本となります。まさに政治記者であり首相官邸や日銀を担当されてきた鯨岡さんだからかける本と言えます。

あとがきにも書かれているように、本書の目的は、特定の政策の是非を問うものではなく、政策が誰の手により提唱され、どのような力学で決められ、実行されたいったのかを記録することにあります。

日銀の総裁の一言でマーケットは動きますが、そのような背景には政治的な思惑があることも多々あります。そういったことが体系的にまとめられている本は今まであまりありませんでした。

1997年に日銀の独立性が認められてから総裁になった人は、速水優福井俊彦白川方明、そして黒田東彦の4名です。この約20年の間には、アジア通貨危機があり、ITバブルが崩壊し、サブプライムショック及びリーマンショックが起こり、ユーロ危機があり、東日本大震災がありました。その間、日銀の金融政策もゼロ金利政策をはじめ、量的緩和、信用緩和、異次元緩和、マイナス金利政策、イールドカーブコントロール等が導入されました。これらの政策は必ずしも経済学的な裏付けがあるものばかりではなく、実験的なもの、政治的な意図もあって採用されたものもあります。本書を通じて、この激動の20年間でどのようにして金融政策が金融政策決定会合の舞台裏で議論され、そして決まっていたのかを知れるとともに、今後の日銀の金融政策を占うにあたり、どういった政治的な流れを読み解けば良いのかのヒントを得ることができます。

なお、本書は400ページを超えるそれなりの分量となっていますが、プロの記者が書かれているだけあって、非常に読みやすいです。また、普段政治や経済についてそれほど詳しくない人も本書を読めば、どういった政治家がどういった主張をしてきたのかを合わせて学ぶことができます(アベノミクスを知らない人はほぼいないと思いますが、民主党政権時代に菅首相ケインジアン的な政策を文字って「カンジアン」と言われていたことを覚えている人は非常に少数でしょう。私も完全に忘却の彼方でした。)。

②当日の議論
読書会ではまずは鯨岡さんに本書の概要を改めてご説明していただくともに、本書を書くに至った問題意識を共有していただきました。

これまでFEDでは金融政策やアベノミクスに関する勉強会をおそらく10回以上開催してきましたが、多くの回で鯨岡さんにもご参加いただき、その際の話もしていただきました(本書のp362に黒田総裁のピーターパンを例えた話が出てきますが、このことはFEDでマイナス金利政策の勉強会をした当時にも鯨岡さんがご紹介してくださっていました)。

後半では鯨岡さんのご著書と鯨岡さんのご講演を踏まえ、参加者でディスカッションしていただき、幅広に質問を集めました。以下では、その質問をいくつか紹介します。
日銀の総裁は今年の4月に変わる予定だが、自民党総裁の論点になるのか。

  • デフレから脱脚が出来ないのは日銀だけではなく、政府の責任もあるのではないか。
  • 物価はどうすれば上がるのか。
  • 日銀の出口戦略はどう考えられているのか。
  • 黒田総裁の評価はどうだったのか。
  • FRBやECBの今後の利上げはどうなるのか等

上記につき、色々な視点から参加者も交えて議論を行いました。当日の議論を終えた後でいくつか新しいニュースも出てきたので、そのことも合わせて以下で要点をまとめます。

第一に日銀の次期総裁についてです。日銀の総裁については黒田総裁の続投が濃厚だということが2月5日の週に報道されました。また、副総裁の岩田規久男氏は外れる可能性もかなり高そうです。こういった背景から、日銀によるリフレ政策は多少の転換が図られると予想されます。また黒田総裁は財務省出身で、元財務官であることから、財政規律を重視するような立場をとることが想像されます。

第二に利上げについてです。2月2日に発表されたアメリカの雇用統計が予想よりも良く、賃金の上昇を見られたことから、米国債長期金利が上昇しました。その結果、ダウは大きく下げ、また日経平均も大きく下落しました。失業率が低く、賃金が上がったということは、経済学的には完全雇用になっていると考えられ、さらなる金融緩和はインフレ圧力をもたらします。そのことを市場は予想し、長期金利は上昇し、金利が上がったことから、(金利の上昇は設備投資等を抑制するという観点から)株価は下落しました。

金融緩和のやりすぎはバブルの温床となることから、FRBは利上げをしていくことが予想されます。一方で、日銀はどうでしょうか。「日銀と政治」を読む限り、ゼロ金利量的緩和の解除は金融政策の意思決定としては事後的に失敗と捉えられています。こういった経緯の中、日銀は難しい金融政策の舵取りを担うこととなります。

最後に、時期の自民党総裁、すなわち首相が誰になるかも日銀の金融政策に影響を与えそうです。前FRBの議長のイエレンは4年の任期を終え、交代となりました。このような背景として、イエレンは民主党政権時代に選ばれたFRB議長でしたが、去年共和党のトランプ政権になったという理由から、議長を共和党が主体的に決めるためにパウエルが選ばれたという議論があります(実際にトランプがそういった趣旨を発言しています)。
自民党の総裁は、日銀の総裁が選ばれた後に決まることになりますが、新たな首相による経済政策は、日銀の金融政策のあり方に大きな影響を与えることは「日銀と政治」を読まれた方は当然に感じることでしょう。

繰り返しになりますが、2018年には日銀の総裁が5年ぶりに変わる可能性があり、また新たな首相が選ばれることとなる自民党の総裁選もあります。そう考えると、このタイミングで鯨岡さんをお招きし、日銀と政治の読書会を開催出来たのは、今後の日本の政治と金融政策を予想する上で非常に有意義だったと感じています。

最後になりますが、本読書会にご参加いただたい鯨岡さんと参加された皆様に改めて感謝いたします。

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*1:例えば、岩田一政が書かれたデフレとの戦い等 

デフレとの闘い

デフレとの闘い

 
 

FEDで振り返る2017年

FEDで振り返る2017年】

本年も残りわずかとなりました。今年も多くの方にFEDにご参加いただくことができました。ありがとうございます。2017年は合計20回の勉強会を開催しましたが、以下ではいくつか印象的な内容を振り返ります。

①約2年をかけて法と経済学勉強会を終了

2016年1月から開催してきた法と経済学勉強会を今年の11月に無事終了することができました。最終回では、翻訳者の東大の田中亘先生をお招きし、「上場会社のパラドックス」といったテーマで講演をしていただきました。また、ガバナンスと観点では、「ガバナンス改革 先を行く経営 先を行く投資家」の著者の一人である槙野さんをお招きし、プレゼンをしていただきました。2017年は20数年振りの株高となり、その理由はいくつかあるとは思いますが、その理由の一つして伊藤レポート、スチュアードシップコード、コーポレートガバナンスコードをはじめとしたガバナンス改革もあげられるかと思います。この動きは2018年もFEDとしても引き続きフォローしていきます。

法と経済学

法と経済学

 
ガバナンス改革 先を行く経営 先を行く投資家

ガバナンス改革 先を行く経営 先を行く投資家

 

粉飾決算関連

2017年は東芝粉飾決算問題が大きく取り上げられましたが、その関連で、会見評論家の細野祐二さんを2度お招きし、それぞれの回で東芝粉飾決算と新著である「粉飾決算VS会計基準」についてご講演をしていただきました。最近は日系企業の不祥事もニュースも多く取り上げられていますが、そう言った文脈と照らし合わせても、「なぜ粉飾決算は起こるのか」といったことについて、専門家の細野さんが興味深いお話を伺うことができました。 

粉飾決算vs会計基準

粉飾決算vs会計基準

 

 ③国際経済学関連

2017年の最初の金融経済読書会は「移民の経済学」を取り上げました。また、移民問題に加え、TPP等の国際貿易の理解を深めるために、4年振りにクルーグマン国際経済学勉強会を再開しました。クルーグマン国際経済学勉強会はまだ3回しかできておりませんので、2018年も引き続き勉強会を続けていきます。

移民の経済学

移民の経済学

 
クルーグマン国際経済学 理論と政策 〔原書第10版〕上:貿易編

クルーグマン国際経済学 理論と政策 〔原書第10版〕上:貿易編

 
 ④2017年を代表する経済書

毎年年末になると多くの経済雑誌等で「エコノミストが選ぶ経済図書」といったランキングが発表されます。今年FEDで取り上げた本も、いくつか取り上げられていたので、ご紹介します。

  • 「原因と結果」の経済学(週刊ダイヤモンド「ベスト経済書」ランキング1位、日経新聞エコノミストが選ぶ経済図書ベスト10第8位。4月に読書会を開催し、慶応大学大学院の博士課程の方をお招きし、プレゼンをしていただく。
「原因と結果」の経済学―――データから真実を見抜く思考法

「原因と結果」の経済学―――データから真実を見抜く思考法

 
データ分析の力 因果関係に迫る思考法 (光文社新書)

データ分析の力 因果関係に迫る思考法 (光文社新書)

 
  • 現金の呪い(日経新聞エコノミストが選ぶ経済図書ベスト10第9位。5月に読書会を開催し、解説を書かれている一橋大学の齊藤誠先生をお招きし、ご講演をしていただく。)
現金の呪いーー紙幣をいつ廃止するか?

現金の呪いーー紙幣をいつ廃止するか?

 
  • 金利と経済(週刊ダイヤモンド「ベスト経済書」ランキング3位。9月に読書会を開催し、日銀の方をお招きし、金融政策についてプレゼンをしていただく。)
金利と経済―――高まるリスクと残された処方箋

金利と経済―――高まるリスクと残された処方箋

 
  • 金融に未来はあるか(日経新聞エコノミストが選ぶ経済図書ベスト10第5位。9月に読書会を開催し、翻訳者の藪井さんをお招きし、グループディスカッションにご参加いただく。) 

また、上記以外にも、2017年度にノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラーの著者である「行動経済学の逆襲」も読書会の課題本として取り上げました。 

行動経済学の逆襲

行動経済学の逆襲

 

④2018年のFEDのフォーカス

2018年は労働市場に関連する勉強会に力を入れることを考えております。FEDの勉強会では何度かお話しさせていただいておりますが、マクロ経済市場は、財・サービス市場、金融市場、そして労働市場と3つの市場から成り立っています。そして、これらの市場は相互に影響をしています。そのため、未来の金融を考えるにあたって、労働市場の理解を深めることは非常に重要となります。

今年、法と経済学勉強会が終了したことで、次回の輪読の本は労働市場を組織の観点から分析している、ラジアの「人事と組織の経済学」を取り上げる予定です。補足ですが、「法と経済学」の輪読の前は、「組織の経済学」の輪読をやっており、その流れで「人事と組織の経済学」を課題図書として輪読を行うことにしました。 

組織の経済学

組織の経済学

 
人事と組織の経済学・実践編

人事と組織の経済学・実践編

 

 加えて、現在は政府主導の「働き方改革」が注目されていますが、経済書においても労働経済関連の本が注目されています。具体的には、日経新聞エコノミストが選ぶ経済図書ベスト10第1位の「人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか」、同2位の「働き方の男女不平等」、そして同4位の「日本の人事を科学する」等です。FEDでも、2018年最初の勉強会は労働をテーマとしており、1月20日に慶応大学の山本勲先生をお招きし、「働き方改革:日本人の働き方と労働時間」というテーマでご講演をしていただく予定です。また、若手エコノミストもお招きし、パネルディスカッションも行う予定です。参考図書はございますが、課題図書はないので、お気軽にご参加いただけますと幸いです。

人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか

人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか

 
働き方の男女不平等 理論と実証分析

働き方の男女不平等 理論と実証分析

 
日本の人事を科学する 因果推論に基づくデータ活用

日本の人事を科学する 因果推論に基づくデータ活用

 

https://www.facebook.com/events/1594532210585701/

以上、FEDで振り返る2017年でした。来年もどうぞよろしくお願いいたします。

【開催報告2017年5月20日(土)現金の呪い読書会】

5月20日(土)にケネス・S・ロゴフ著の「現金の呪い」読書会を開催しました。著者のハーバード大学教授のロゴフは、「国家は破綻する」で財政赤字が多い国の経済成長率は低い傾向になることやこれまで歴史的に多くの国がデフォルトしたことを指摘したことで有名です。そのロゴフが「現金の呪い」では、現金の使用が少なくなるレスキャッシュ社会について考察をしています。

現金の呪い――紙幣をいつ廃止するか?

現金の呪い――紙幣をいつ廃止するか?

 
国家は破綻する――金融危機の800年

国家は破綻する――金融危機の800年

  • 作者: カーメン・M ラインハート,ケネス・S ロゴフ,Carmen M.Reinhart,Kenneth S.Rogoff,村井章子
  • 出版社/メーカー: 日経BP
  • 発売日: 2011/03/03
  • メディア: 単行本
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今回の読書会では、「現金の呪い」にて解説を書かれている一橋大学大学院経済学研究科教授の齊藤誠先生、翻訳者の村井章子さん、そして編集の黒沢さんもお招きさせていただきました。

本書では、主に現金の使用が少なくなる社会、すなわちレスキャッシュ社会のあり方とレスキャッシュ社会において実現がより容易となるマイナス金利政策について書かれています。なお、最近話題のビットコインについても最後に少しだけ言及されていますが、本書においては主たる論点とはなっていません。

本書でいうレスキャッシュ社会とは、現金の使用割合が少なくなるような社会の事です。通常、キャッシュレスやキャッシュレス社会という場合は、現金を全く使わない状況のことを指しますが、本書ではこのような状況について分析をしているのではなく、あくまで現金の使用が残るような社会、レスキャッシュ社会についての分析を行っています。

私自身、普段決済を行うときは8割から9割は電子マネーオートチャージもしくはクレジットカードを使っています。そのため、レスキャッシュ社会を実感しています。実際、日常における自販機、スーパーやコンビニでの買い物やカフェ、交通費の精算はほぼ電子マネーを使っています。現金を使わなければいけないのは電子マネーに対応をしていないお店での食事の精算やクリーニング屋での支払いぐらいです。

このような個人的な実感とは異なり、「現金の呪い」では、むしろ現金の使用率は増えていることが指摘されています。本書によれば、日本における通貨流通高(対GDP比)は18.61%となっており、イギリスの4.07%、やアメリカの7.38%を上回り、主要国の中でもトップに位置しています。また、通貨流通高合計に占める最高額紙幣の割合(日本では1万円)は88%となっており、この値はアルゼンチンに次いで2位となっています。すなわち、日本では1万円の流通量が他国と比較しても多いといえます。本書によれば、日本の計算上の一人当たり現金保有高(米ドル換算)は6,456ドルとなります。一般的な感覚としては、現金(紙幣)では一人あたり70万円近く保有していることはあまりイメージできません。

このような現金の流通の背後にあるのが、地下経済であることをロゴフは指摘しています。また地下経済の存在のせいで、国は税収が減っていることも述べています。本書では地下経済の活動をきちんと把握でき適切に税を徴収できれば、アメリカは連邦税だけで500億ドル、州税と地方税で200億ドルの増収が見込まれることを紹介しています(本書P111)。

上記を踏まえると、今後レスキャッシュ社会が進み、政府が適切に現金の動きを把握できるようになれば、非合法な取引や匿名性の高い現金での取引を認識できることで、政府は税収を増やすことができるといえます。本書での論点の一つがこの現金の匿名性による地下経済の拡大と現金の動きの把握、そしてキャッシュレス社会を実現するための段階的な紙幣の回収についての政策提案となります。

もう一つの論点がマイナス金利政策です。マイナス金利政策は日本でも2016年2月から導入されていますが、ここでいうマイナス金利は銀行の日銀当座預金の一部にマイナス金利がつくというもので、銀行と預金者との関係におけるマイナス金利はまだ実現されていません。

一定期間預金を使わない場合に、マイナス金利が銀行の預金に設定されたとします。その場合、預金者は現金を銀行に預けているにもかかわらず、金利を銀行に支払い必要が出てきます。それを避けるためには、マイナス金利がつく前に、預金を引き出して、現金を使わざるをえなくなります。このような仕組みで、銀行預金へのマイナス金利は消費の増加を通じて経済活動を活性化させることが可能となります。

もちろん、このようなマイナス金利が機能するには、現金の流通が「少ない」という状況が必要です。なぜならば、仮に銀行預金にマイナス金利がつくならばみんな現金(紙幣)を保有するインセンティブを持つようになり、現金が大量に流通しているならば、銀行預金を通じたマイナス金利は実現されないからです。そのため、マイナス金利政策を通じて景気を刺激するためには、レスキャッシュ社会が必要になるということになります。

本書では、ケインズやゲゼルによって主張された古典的なマイナス金利政策から始まりハーバード大のマンキュー教授が紹介した現代風のマイナス金利政策まで、幅広くマイナス金利の可能性について解説されています。 

読書会当日には、齊藤誠先生に「現金の呪い」を読まれたご感想と紙幣の本質的な機能に関してご講演をしていただきました。私が特に印象に残ったのは、「中央銀行券は、発行と同時に回収が定められている」というお話でした。

当たり前の話ですが、銀行が企業に融資を行った場合、企業のバランスシートには「借入金」という負債が計上されるとともに、銀行のバランスシートには「貸出金」という資産が計上されることになります。同様に、人が銀行に預金を預けると、銀行のバランスシートには負債という形で「預金」が計上されます。一方、家計のバランスシートには、「預金」が資産に計上されることになります。銀行がお金を貸し出した場合をイメージすれば理解しやすいかと思いますが、銀行の貸出には必ず満期が存在し、銀行は満期までに貸したお金を回収する必要があります。家計が銀行に預金を預けた場合も、銀行預金に満期自体はありませんが、家計が預金の引き出しを請求した場合は、必ず銀行は引き出しに応じなければいけません(そのため、銀行は一定割合の預金準備を義務付けられています。)。

上記の例では「預金」を使いましたが、我々が日常使っている紙幣、すなわち日本銀行券についても同じことが言えます。日銀が日本銀行券を発行した場合、日銀は負債を負うこととなります。そして、負債であるがゆえに、いつかは回収しなければなりません。このことが、上述した「中央銀行券は、発行と同時に回収が定められている」ということになります。そうなると、紙幣が回収され「レスキャッシュ社会」がいつか到来するということ自体はある意味で当然とも言えます。

ご講演では、その他紙幣の起源としての手形、国債と金融政策、マーシャルのk等、紙幣について幅広い歴史的な視点も含めてご説明していただきました。地下経済のあり方について、ロゴフと違った視点として、齊藤先生は「戦後において日本が復興できたのは、材料等のストックが多く残っていたからであり、本当に価値のあるものは、地下経済(例えば闇市)で取引され適切に保管されていた可能性がある」とおっしゃっていました。平時においては、地下経済は犯罪や非合法な取引の温床となりえますが、有事においては、マーケットが適切に機能しなくなる一方、地下経済は通常のマーケットの保管的な役割を果たすことができる可能性があります。そして、本当に価値のあるものが地下経済における価格メカニズムで取引され、保管されることもあるということだと思いました。この点は、完全に見落としていた視点なので、非常に学びが多かったです。 

ご講演の後は、グループに分かれて、フリーディスカッションを行いました。参加者からは「現金が持つ匿名性ゆえに犯罪に使われているという実感はあまり湧かない。」「最近確かに現金は使わなくなっている。」「ビットコインが今後発展していくものかと思っていたが、ビットコインは価値の安定性で問題があり、通貨になるのは難しいのではないかと感じた。」「レスキャッシュ社会は現金の匿名性という点で有利に働く脱税者や犯罪者には生きづらい社会だが、普通に生きていればむしろメリットの方がいいのではないか。ブロックチェーンは取引履歴が全て残るので現金の匿名性とは正反対に位置しているし、今後ビットコインが普及すればむしろ全ての取引履歴は可視化されることとなる。最近のマネーフォワードやマネーツリーも個人資産の可視化に寄与しているし、レスキャッシュ社会が進めば進むほど、取引の可視化が進むと思う。」等多くの意見が出ました。 

完全なるキャッシュレス社会が到来するのはまだ先だとは思われますが、テクノロジーが進化すればする分、レスキャッシュ社会の到来はより近づいていくものと思われます。そうなった時に現金はどう言った役割を果たすのか、一部は現金としては残るのか、それとも完全に紙幣は歴史的な役割を終えるのか、こういったことを考えるのに様々な示唆を本書は与えてくれます。齊藤先生も「本当に良い本は答えを教えてくれるのではなく、いろいろと考えを巡らせてくれる」とおっしゃっていました。本書はまさに考えを巡らせるのに適した本だと思われます。

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【開催報告2017年4月30日(日)原因と結果の経済学】

2017年のGWの真っ只中に「原因と結果の経済学」(以下、本書)の読書会を開催しました。本書は、著者の一人が「学力の経済学」の著者である中室先生であり、「教育の経済学」と同様に世間で誤認されがちな事象を因果推論の視点から解き明かす内容となっています。  

「原因と結果」の経済学―――データから真実を見抜く思考法

「原因と結果」の経済学―――データから真実を見抜く思考法

 
「学力」の経済学

「学力」の経済学

 

 本書における因果推論の例としては「メタボ健診を受けていれば長生きするのか」「テレビを見せると子供学力は低下するのか」「偏差値の高い大学へ行けば収入が上がるのか」等が取り上げられております。これらの関係については学術的な研究では全て因果関係は「ない」ことが実証されています。

 また本書で解説されている手法としては、「ランダム化比較試験」、「自然実験」、「差の差分析」、「操作変数法」、「回帰不連続実験」、「マッチング法」等が挙げられます。これらは全て計量経済学(特にパネルデータ等を用いてミクロ計量経済学)でよく使われる手法であり、計量経済学の教科書を一から読んだ場合には、これらの手法にたどり着くまでに相応の時間を要するもの(学部上級〜大学院レベル)ですが、本書では難しい数式を全く使わずにエッセンスがわかりやすく解説されています。

計量経済学を使って実証分析をしている人からすれば本書の内容はそれ程目新しいものではないかもしれませんが、計量経済学統計学に馴染みがない人にとっては統計のプロや経済学者がどういったデータをつかってどういった分析をしているのかを手軽に知られる本となっています。また因果推論について体系的にまとめられていることから、実際に実証分析をしている人にとってもミクロ計量経済学の学習内容の全体像を把握するのに良い機会になるかと思います。

読書会当日は慶応義塾大学の博士課程で統計学を専攻している中村知繁さんをお招きし、因果推論についてプレゼンをしていただきました。FED事務局(の中の人)は中村さんとは5年ぐらい前に知り合いましたが、当時中村さんは統計学を専攻したばかりの大学3年生で、どちらかというと関心はデザインシンキング等の右脳的なところにあったように当時は思っていました。ですが、今回の因果推論のプレゼンを見て改めて「理系な人なんだ」と実感しました。また統計を専攻しているものの、経済は専門ではないことから、計量経済学を学んだ人よりも統計的な視点はより厳密だとプレゼンを聞きながら感じました(中村さんの論文としては「野球の犠牲バントは得点に結びつくのか」を統計的に解析したもの等があります。)。他方、中村さんからすると「経済の人は理工系の統計の人達があまり使わないような変わった手法を使うな」という感じもあったようです。

中村さんのお話で印象的だったのは「データを持っている企業がデータだけを持ってきて『データがあるのでなんか分析してください』という話が結構多い」というものでした。もちろん生のデータを分析して、使えるデータに仕上げるのが統計のプロの仕事ではありますが、依頼側に「どういった目的」で「どういった分析をしたいのか」等の目的意識がないと統計のプロも何も出来ないようです。

例えば本書で因果推論を行う上で最も重要な手法として「ランダム化比較試験」の解説がされていますが、「ランダム化比較試験」を行うには、事前のサンプルの取り方やグルーピングの仕方、処置グループをどのように設計するかがとても重要になってきます。そのため、統計のプロに依頼をする場合、依頼者は「どう言った仮説を想定しているのか」、「説明変数としては何が適切なのか」を統計のプロに説明する必要があります。よって、ビジネスや政策で統計を使うにあたっては統計のプロと依頼者が適切にコミュニケーションをする必要が出てくるので、依頼者側にも相応の統計に関する知識が求められると言えます。

例えば、本書と同様の範囲でデータ分析について解説がなされている「データ分析の力」(下記リンクご参照)という本では、電力価格フィールド実験として北九州市で行われた「電力価格の値上げが電力需要にどれだけの影響があるのか」についての実証分析の解説がなされています。

データ分析の力 因果関係に迫る思考法 (光文社新書)

データ分析の力 因果関係に迫る思考法 (光文社新書)

 

 この実験は、同書の著者である伊藤先生ら経済学者、経済産業省北九州市、新エネルギー導入促進協議会、新日鉄住金富士電機等の産学官連合の共同事業で実現したものです。この実証分析では、電力価格の需要に影響する変数として「部屋数、占有面積、エアコン数、テレビ数、世帯数、世帯主の平均年齢、所得階層」等が使われています。経済学者はこれらの変数をコントールして、ランダム化比較試験を行うことになりますが、おそらくこういったデータ(電力需要に影響を与える変数)の必要性は経済学者が指摘したのではなく、電力事業に関わっている人達の知見から選ばれたものと思われます。すなわち、上記の実証分析を行ったのは経済学者ではありますが、電力に影響のあるデータ等の提供は共同事業者によって行われることとなります。この話は中村さんがおっしゃった「データがあるんでなんか分析してください」とは対照的で、事前にどういった仮説でどういった分析を行うべきかが共同事業者によって、緻密に分析されていると言えます。 

当日の参加者からは「ビジネスでも(将来的には)ビックデータや統計を扱いたい」といった声が非常に多かったですが、実際にビジネスで大量のデータを扱う際に、統計の解析を行うのは統計のプロだとしても、解析が行われる前段階における事前準備、料理でいうところの下処理はビジネスや政策の現場の人が行うことが必要となります。必要なデータの下処理を行うとともに、統計のプロから追加で必要と言われるデータを準備することで初めてデータを使った効果的な分析ができるようになります。このように統計のプロとビジネスや政策の現場の人が協働を行うには、現場の人達にも「統計を使って何ができて、何ができないのか」を知ることがとても重要になってきます。本書はこのことを知る入り口として、まずは因果関係と相関関係の違いを理解するとともに、因果推論にはどのような手法があるのかを知るのに非常に有益な内容となっております。また、本書を読んでデータ分析に興味を持たれた方は、併せて伊藤先生の「データ分析の力」も読むことをお勧めします。

これまでもFEDでは因果推論が使われている本を結構扱ってきました(例えば「貧乏人の経済学」、「0ベース思考」、「学力の経済学」「徹底調査 子供の貧困が日本を滅ぼす 社会的損失40兆円の衝撃」等)が、その背後にある因果推論のロジックを学ぶことは、今後データ分析が行なわれている本を読むにあたっての生産性を上げるために、とても肝要だと思われます。

最後になりましたが、ご出席された皆様並びにプレゼンをしてくださった中村さんに改めて御礼申し上げます。FEDでは今後も計量経済学の分析がされた本を扱っていくことになろうかと思いますが、本書は計量経済学の分析がされている本を読むにあたっての基礎知識を提供してくださるとても良い本であることを皆様との議論を通じて再認識した次第です。

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