未来の金融をデザインする

主に経済や金融に関する記事や開催した読書会や勉強会の報告を書いております。

人事と組織の経済学_第1章採用基準の設定まとめ

2018年2月18日から開催する「人事と組織の経済学」勉強会。初回の輪読の範囲である第1章と第2章の概要について記載いたします。 

人事と組織の経済学・実践編

人事と組織の経済学・実践編

 

本書は大きく分けて三部から構成されています。第一部は、「採用と従業員への投資」、第二部は「組織と職務の設計」、そして第三部は「実績に基づく報酬」となっています。

第1章では、費用便益の分析からどのような労働者を、そして何人採用すべきかについての議論が行われています。ここで用いられる経済学的な分析はファイナンス的な分析手法とも似ています。すなわち、年収500万円の人を5年間雇うということは、5年間で2,500万円の設備投資を行うこととも言えるため、分析手法が似てくるのは当然と言えます。

なお、ミクロ経済学の生産関数では、産出量は、資本と労働の投資の関数(Y = F(K, L))によって決まってきます。どのような設備に投資をすべきかを分析するのがファイナンス理論ならば、どのような人材を投資すべきかの分析は労働経済学や人事経済学の分野に該当することになります。

一方で、設備への投資と人への投資は幾つかの点で決定的に異なります。本書で用いられている例を引用しましょう。

あなたはロンドンのシティ(金融街)の投資銀行のパートナーであり、アソシエイト(ジュニアな)投資銀行家の一つのポジションを2人の候補者から選ぶというケースを想定してみよう。グプタは経済学の学位を持ち、金融アナリストとしての数年の経験と金融を専門にしたMBAを有し、投資銀行で夏のインターンを経験したという、他の候補者と同じような標準的な経歴を持つ。彼の生産性は非常に予想しやすく、年間20万ポンド相応の価値をもたらすことができると想定される。もう一方の候補者、スベンソンは他の候補者と全く異なった経歴を持っている。彼女は非常に素晴らしい成果を上げてきており、誠に才能あふれるように見えるものの、投資銀行業務に関する経験はほとんどない。従って、彼女がどの程度成功するのかを予想することは難しい。彼女は年間50万ポンド稼ぐスタープレイヤーになるかもしれない可能性を秘めているものの、一方年間10万ポンドの損失をもたらす可能性もある。スベンソンの成否の確率は同じ(50%)だと考えてみよう。スベンソンのある1年の成果の期待値(平均値)はグプタのそれと全く等しくなる。仮に二人の労働者の費用が同じだとすると、どちらを採用すべきだろうか?答えは直感に反するかもしれないが、およその場合、企業はよりリスクの高い従業員を採用すべきである。

上記の文章を読んだ時、正直「あれ?」と感じました。通常のファイナンスの理論に基づけば、リスク回避的を想定している状況においては、同じ期待値が見込めるならば、よりリスクを低い投資先を選ぶのがセオリーとなっているからです。別の視点でいうならば、相応にリスクがあるならばその分リスクプレミアムがなければ、投資をするメリットはないと考えます。

では、上記の例ではなぜよりリスクの高い従業員の採用を推奨しているのでしょうか。その理由は、仮にリスクの高いスベンソンを選んだとしても、結果的にスタープレイヤーにならずに毎年10万ドルの企業に損失をもたらす人材ということがわかった場合には、1年後解雇すれば良いからです。なお、この前提には、二人とも10年間勤務をする前提で、さらにスベンソンがスタープレイヤーかどうかを判断するのに一年を要すると仮定されています。

このように企業に解雇に関するリアルオプションがある場合は、保守的で実績のある人材よりも、潜在性のある人材を優先すべきという議論が成り立ちます。このような発想は、終身雇用が前提で、解雇が難しいと考える日本企業にいると発想としてまず出てきません。この点がまさに理論を学ぶ醍醐味の一つだと考えます。

第1章では、その他、スベンソンがスタープレイヤーかどうかについて情報の非対称性があること採用を難しくさせること、潜在的なスタープレイヤーを安く雇用ができたとしても後にスタープレイヤーだと分かった場合、他者への転職リスクもあること、企業にとって最も望ましい労働者は賃金が最も低い労働者でも、また生産性が最も高い労働者でもなく、コストに対する生産性が最も高い労働者であることが数値例を示されながら、説明されています。

上記を読んで面白いと感じた人は、この後も読み進める価値がある本だと思いますが、「非現実的だ」と一蹴してしまう場合は、正直今後読み進めるのは、費用対効果の点で見合わないでしょうか。FEDでは、「実務からでは必ずしも得られない視点がある」といった点を重要視し、今後も輪読を続けていきます。