未来の金融をデザインする

主に経済や金融に関する記事や開催した読書会や勉強会の報告を書いております。

12月12日(土)に「帳簿の世界史」読書会を開催いたしました。

12月12日(土)に「帳簿の世界史」読書会を開催いたしました。

帳簿の世界史

帳簿の世界史

『帳簿』にまつわる記録を、主にヨーロッパ、アメリカを中心とした歴史と共に紐解いて行く本著。複式簿記や会計士、監査法人などがどういった経緯で生まれたのか、といった本の内容を挙げつつ、貨幣とは、信用創造の本質とは何かといった本から派生した内容についてディスカッションが繰り広げられました。
中でも、やはり「帳簿をつける」ということは自己の取引を自分自身で記録することであり、その過程においては神を始めとする宗教観や文化、道徳、政府の存在、コミュニティの存在が関係してくるといった内容で非常に盛り上がりました。
ご参加いただいた皆様と、本の内容によらず様々な引用を交えた議論が展開でき、大変有意義な時間となりました。
ご参加いただきました皆様、ありがとうございました!


【開催報告:11月15日「まるわかりインダストリー4.0」読書会】

11月15日(日)午前に、「まるわかりインダストリー4.0」読書会を開催いたしました。

そもそも「インダストリー4.0」とは何なのか、何故今この話題が盛り上がっているのかと、本業に寄らず多くの業界の方がこのホットトピックについて学びたいとご参加いただきました。
冒頭では、FED事務局からマクロ的視点からその背景について発表があり、その後実務で「インダストリー4.0」に携わっていらっしゃる方に発表をいただきました。中でも日本では今どういった動きがされているのかに関心が高く、参加者からも質問が飛び交っていました。
後半は、「インダストリー4.0で我々の仕事や生活はどのようになるのか」についてグループでディスカッションを行いました。直接的に仕事や生活が大きく変わるという想像がつかない、というのが大半の方のご意見のようでしたが、今回トピックスの理解を深めることで、今後の変化をより深く見極めて行きたいと皆様感じられたようです。
ご参加いただきました皆様、誠にありがとうございました!

【開催報告:2015年10月31日第7回組織の経済学勉強会】

10月31日に第7回組織の経済学勉強会を開催しました。今回扱ったのは、「第?部資金調達:投資、資本構成、コーポレート・コントロール」で、具体的には「第14章投資とファイナンスの古典的理論」と「第15章金融構造、所有、コーポレートコントロール」となります。

組織の経済学

組織の経済学

組織の経済学と言うテーマにも関わらず、金融を扱うということは不思議に思うかもしれませんが、組織が資金調達するにあたり、資本構成が組織にどういった影響を与えるのかという点を考えれば、組織と金融は切っても切れない関係というのがわかるかと思います(簡単に言うと、金主によって組織の在り方は変わるよね、ということですね。)。

さて、第14章は古典的なファイナンス理論について書かれています。14章では、モディリアーニ=ミラーの定理、通称MM定理が成り立つ世界を中心に学びました。MM定理が成立する世界では、資本構成は企業価値に影響を与えなくなります。このような状況で重要なのは、資金の調達方法ではなく、投資対象のプロジェクトそのものになります。この章ではMM定理の前提となるポートフォリオ分離定理やフィッシャーの分離定理、NPV、そして情報が株価にどういった影響を与えるかについての効率的市場仮説について学びました。

第15章では、14章で学んだMM定理が成立しないというより現実に近い状況を想定したファイナンスモデルを学びました。具体的には、株主と経営者や株主と債権者の間で情報の非対称性が存在する世界では、MM定理が成立せず、資本構造は企業価値に影響を与えることとなります。多くの場合、経営者は投資家よりも企業に関する情報を持っています。そのため、投資家は経営者の資本調達や配当政策といった意思決定を持って、どういったシグリナングを発しているのかを考えることになります。他方、経営者の立場からは、よりよい資金調達を行うため、資本構成というメッセージを発することで、投資家に投資をしてもらおうとするインセンティブが出て来ます。

現在、日本でもスチュワードシップコードやコーポレートガバナンスコードといったように、株主の役割が一層見直されるようになりました。今回我々が学んだテーマは現在の日本でもまさに議論されているイシューで、実務の話も踏まえて議論が多いに盛り上がりました。

参加者からは「本書は20年以上前に書かれており、当時では日本の企業が米国と違って短期的ではなく、長期的視点(日本的経営、メインバンク等)を持っていると書かれているのが興味深かった。」「米国では1960年代からのコングロマリットを経て、1980年代に集中と選択を通じたM&Aが多く行われ、その直後に書かれた本だったので、コングロマリットディスカウントの記述が目立ったように感じた。」等といった意見もございました。
次回はついに組織の経済学勉強会も最終回となります。最終回では勉強会後に懇親会も開催する予定です。奮ってのご参加をお持ちしております!

コーポレートベンチャーキャピタルから考える金融その2-事業会社が保有するベンチャーキャピタルからの投資と事業会社本体からの投資-

SNSやネットのよいところの一つは、自分の考えや仮説についてネットにぶつけてみた時に、思わぬ反応があり、仮に自分の仮説が間違っていようが正しかったであろうとも、さらに自身の仮説を深化させることが出来ることだと思います。

CVCは企業が組成するベンチャーキャピタル
先日コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)について書きました。そして、ベンチャー企業への投資業を行っていた同僚に書いた内容について、「どう?」って聞いたところ、「実務でいうところのCVCってちょっとニュアンスが違うかな」との返答。同僚曰く、「CVCは企業が組成するファンドのイメージ。コーポレート『ベンチャーキャピタル』なんだから。他方、FacebookがWhats appを買収するのって、ベンチャー投資っていうか、ストラテッジクインベストメント(戦略的投資)でしょ。」とのこと。

なるほどです。他方、私はCVCを「企業がベンチャー企業に投資をする活動」として定義しておりました。しかし、ベンチャー投資の実務に携わっていた立場からすると、CVCとは例えば以下のようなベンチャーキャピタルをイメージするようです。

  • リクルートインキュベーションパートナーズ(20億円)
  • GREE Ventures(20億円)
  • Klab Ventures(30億円規模)
  • アイ・マーキュリーキャピタル(mixi)(50億円規模)
  • KDDI Open Innovation Fund (50億円規模)
  • ドコモ・イノベーションファンド(100億円規模)
  • YJキャピタル(10億円)
  • フジ・スタートアップ・ベンチャーズ(15億円規模)

上記は加え、例えば、海外の企業でもGoogleGoogle Venturesという子会社を抱えています。こちらのブログによれば、Google Venturesの特徴は以下の通りです。

  • 2009年にGoogleの経営企画部門から独立したCVC。
  • 設立から4年で、現在では$1.2billion(1200億円)を運用し、225社の投資先を抱えている。
  • 投資セクターは、コンシューマーインターネット、ソフトウェア、ハードウェア、クリーンテック、バイオ、ヘルスケア等。投資ラウンドはシードからレイトまで全てのステージが対象。
  • パートナーおよび従業員60名のほとんどがGoogle出身。一方で、投資の意思決定はGoogle本体から独立しており、ファンドのリターンもGoogle Venturesの従業員にシェアされる仕組み。」

Googleは元々本体でベンチャー投資を行っていましたが、その部門が独立したというのがGoogle Venturesです。上記の日系のCVCも基本的には親会社からの出向でほとんどの人が構成されていると予想されています。

このように、実務でCVCという時は、いわゆる「ベンチャーキャピタルファンド」をイメージするとのことです。以下ではこのような事業会社がもつベンチャーキャピタルを「CVC」とします。ただの"CVC"は前回と同様「事業会社がベンチャー企業に出資・投資すること」とします。

「CVC」はベンチャーキャピタルファンドのことですが、事業会社本体でベンチャー企業へ投資を行っていることももちろんあり、広義ではこれもやはりCVCとなります。サイバーエージェントは、本体でもベンチャー投資をしていますし、サイバーエージェントベンチャーズという子会社の「CVC」も持っています。概念として、前者はCVCではなく、後者の「CVC」のみをCVCとするのはそれはそれで違和感はあります。

企業がベンチャーキャピタルを通じて投資するメリットは何か
とはいえ、実務ではやはり「CVC」といえば、実務の文脈では事業会社が保有するベンチャーキャピタルをまずイメージすることになるでしょう。
では、なぜ事業会社は本体でも投資を出来るにも関わらず、「CVC」のようなベンチャーキャピタルをわざわざ組成するのでしょうか。以下、考察です。

1.意思決定を早くするために「CVC」の投資額は多くの場合、本業の売り上げからすればわずかなものです。例えば、「CVC」を抱えているドコモは年間4兆円の売り上げがあります。そんな大企業がベンチャー企業のマイナー出資(買収ではなく)数千万円を複数するのに、いちいち本部の決裁を毎回取っているとなると、ベンチャー業界の素早い動きにはとてもついて行けません。それならば、本体で行うよりも、CVCの活動は子会社やファンドに移管させ、ある程度の予算と決定権を委譲した方が素早い取り組みが出来ます。

2.他社からも資金調達をすることが可能。実務で使う「CVC」はファンドを組成するのが一般的なので、親会社以外からも出資を募ることはよくあります。ややテクニカルな議論になりますが、「ファンド」という概念を理解しなければ、事業会社が運用する「CVC」をきちんと理解することは出来ません。例えば、このリリースでは、「サイバーエージェントベンチャーズ、スタートアップベンチャーに特化した総額50億円のファンド 「CA Startups Internet Fund 2号投資事業有限責任組合」を組成」と書かれています。

先の例で出たサイバーエージェントベンチャーズ(CAV)は、サイバーエージェントの連結子会社であすが、CAVが直接ベンチャー投資をするわけではありません。上記のリリースのようにCAVが「〜投資事業有限責任組合」を組成し、様々な会社・投資家から資金を集め、その集めた資金をもってベンチャー企業に投資をするのです。

このファンドを通じた資金調達(いわゆるファンドレイズ)は、金融機関のベンチャーキャピタルももちろん行います(というかこちらが本家)。大和証券の連結子会社で、ベンチャー投資を行っている大和企業投資も同様にこのリンクにありますように、「〜投資事業有限責任組合」を組成し、様々な投資家から資金を調達し、ベンチャー企業への投資を行っています。

3.「CVC」はR&D的な位置づけ事業会社には本業があります。また、事業会社がベンチャー投資をするにあたっても、必ずしもすぐにシナジーが見込めるとは限らず、CVCはR&D的な要素もあります。なので、本体ではやらずに、子会社にベンチャーキャピタル(「CVC」)を作って、間接的に投資をすることとなります。また、他社からの出資を募って、ファンドを組成して投資をするので、外部の資金を用いることで、小額の元手でより多くの投資機会を得ることができます。例えば、CAVは資本金は3億6千万しかありませんが、50億円ものファンドを組成しています。もちろん、ファンドを運用することになると、他の投資家への説明責任が伴ったりもするので、本体で投資をするよりも、難しい側面も出てきます。

ベンチャー投資は通常数千万円ぐらいの投資を複数、場合によっては数十件行います。失敗したとしても、リスクは投資した金額以上に損失は出ることはありません。これは金融の専門用語でいうところの「コールオプションの買い」の状況です。我々の身近な生活の例でいうならば、「宝くじ」を買うようなものです。株式投資やFX投資で損をした場合は恐らく悔しい気持ちになるでしょう。他方、宝くじであたりが出なかったとしても、株式で損をしたような精神的なダメージはないと思います。それは宝くじは「コールオプションの買い」だからです。

コールオプションの買い」では、オプションの権利を買った瞬間にキャッシュアウトします。その権利購入価格分の損失は確定です。その後、仮に株のオプションの場合、株価が上がればアップサイドを享受できます。他方、株価がどれだけ下がったとしても、最初に購入したオプション金額以上の損失はでません(オプションを行使しない状況)。一方で、株の場合は信用取り引きを含め、ダウンサイドがどれだけ出るかはわかりません。

ベンチャー投資は「コールオプションの買い」の要素が強いため、事業会社の場合、ある程度のバジェットを子会社に持たせて自由にやらせるというが非常にマッチします。他方、投資が本業である金融系のベンチャーキャピタルには、感覚的には「コールオプションの買い」という認識は恐らくあまりないはずです。なぜならば、投資が本業だから、失敗は許されないのです。

4.リアルオプションを持っている状況前回にも書きましたが、事業会社がベンチャー投資をすることで、今後の事業戦略においてリアルオプションを持つこととなります。事業会社がCVCを組成して、ファンドを通じて複数のマイナー出資をすればそれだけ今後可能性が増えることとなります。複数の投資を行うので、本体で管理するよりも、ファンドで管理した方が効率が良くなる可能性があります。

以上、事業会社がCVCを組成するメリットを見てきました。一方で、「CVC」を通じてのベンチャー投資にはもちろんデメリットがあります。一番のデメリットは、主にマイナー出資になってしまうことと、他の投資家との共同出資になってしまうことでしょう。イケてるベンチャー企業に投資をしたい場合、CVCを通じてのマイナー出資よりも、経営権に影響を与えるぐらいの投資をした方がいい時もあります。そのような場合は、事業会社が直接本体で投資をした方が、本業の事業とベンチャーの事業のシナジーをうまく行かせることが出来る確率が高まるでしょう。「CVC」を通じての場合は、他の投資家がいたり、ファンドを通じての投資となるため、シナジー効果の期待は限定的となってしまいます。

ベンチャーキャピタルを通じての投資と事業会社本体での投資
以上のように整理することで、事業会社によるCVCを通じての投資と、本体での投資の特徴が見えてきました。「CVC」を通じて投資をする場合は、主にシードやアーリーステージのベンチャー企業に対してであり、小額の金額を多数のベンチャー企業に出資することが考えられます。小額しか入れないので、他の投資家との協働も重要になってきます。

かたや、レイターステージのベンチャー企業への投資の場合は、「CVC」のようにちまちま投資をするというよりも、本業とのシナジーを考慮に入れて、本体からがっつり投資をすることとなります。

実務では「CVC」という時には、事業会社が持っているベンチャーキャピタルといった狭義の意味で使われますが、CVCとしての活動、本質を考えると、広義の意味でのCVCには事業会社がただベンチャーキャピタルを保有しているという以上の意味があります。

Googleは2006年にYoutubeを買収しましたが、このときマイナー出資しかしなければ恐らくYoutubeの急激な成長は見込めなかったでしょうか。マイクロソフトfacebookに出資をしていたことは有名ですが、当時の出資額は株式総数のわずか1%程です。マイクロソフトとしてはリアルオプションは持っている状況ではありましたが、今のところ、少なくとも私はマイクロソフトfacebookシナジーを感じることはあまりありませんし、そのような話は聞きません。

現在アメリカのベンチャー企業の9割以上は、M&Aでexitしています。すなわち、ベンチャー企業のほとんどが事業会社に買収されることを選んでいるのです。「CVC」は、事業会社にとっては、ベンチャー企業を最終的に買収するためのあくまで手段であり、最終的には事業会社は「CVC」ではなく、本体でベンチャー企業を買収して、自社の本業とのシナジーを得ることで、買収企業する事業会社も被買収企業となるベンチャー企業も加速度的な成長が可能になります。

ちなみにですが、マイクロソフトは2012年4-6四半期に1986年に上場して以来の初めての赤字となりました。マイクロソフトのビジネスモデルで赤字になることは想像しにくいですが、その理由は2007年に63億円で買収したインターネット広告会社アクアンティブののれんの減損処理によるものです。簡単に言うと、ベンチャー企業を高値で買いすぎたものの、当該企業の業績がいまいちなので、損失計上したということです。CVCは事業会社にとってもやはりリスクの高い投資なのです。FacebookはWhats appを約2兆円もの高値で買収しましたが、CVCとして成功するかどうか今後要注目です。

コーポレートベンチャーキャピタルから考える金融 その1

コーポレートベンチャーキャピタルとは何か
コーポレート・ベンチャー・キャピタル(以下、「CVC」)という言葉をご存知でしょうか。最近のベンチャーに関するニュースでは、例えば海外では、facebookが約190億ドルでWhats appを買収、楽天がViverを9億ドルで買収といった動きが、日本ではKDDIがグノシーに出資をしたり、講談社newspicksを運営しているユーザベースに出資をしたりといったM&A絡みのニュースが話題にこと欠きません。これらはすべてCVCの実例です。

すなわち、CVCとは、上記のように一般の事業会社がベンチャー企業に投資をしたり買収したりすることをいいます。事業会社本体が直接投資をするケースもあれば、子会社としてベンチャー投資会社を設立して間接的に投資をするケースもあります。先に例をあげたKDDIは本体でも子会社でもベンチャー投資を行っています。

googleが2004年に上場し、当時出来たばかりのyoutubeを2006年に16億5000万ドル(当時で約2000億円)で買収したのも、まさのもCVCの代表例です(ただしCashではなく、株式交換での買収)。かつてgoogleは自社開発したgoogle videoという動画共有サイトのサービスを提供していましたが(現在はサービスを停止)、2006年当時、まだ動画共有サイトの黎明期の頃、業界で圧倒的なプレゼンスを誇っていたyoutubeを買収することで、一気に動画共有サイトのシェアを獲得することとなりました。(最近の若い人は、youtubegoogleに買収されたベンチャー企業だったてことをご存知ですかね。)。

ベンチャー企業のexitはIPOかM&Aか?
一般的にはベンチャーへ投資する主体といった場合、ベンチャーキャピタルをイメージすることが多いかと思います。そして、ベンチャー企業の目標のひとつがIPO、すなわち上場です。一方で、ベンチャー企業の本場であるシリコンバレーを擁するアメリカの状況を見てみると、まったく違ったベンチャー企業の資金調達の姿が浮かび上がってきます。こちらは、2011年に発表された経産省による「未上場企業が発行する種類株式に関する研究会報告書」のリンクです。図5にある「米国におけるベンチャー企業のexit件数の推移」からもわかるように、現在アメリカでは、ベンチャー企業のexitは、9割以上がM&Aであり、IPOによるexitはわずか5%程です。

ベンチャー企業のexitの9割以上がM&Aということは、見方を変えれば、ベンチャー企業の9割以上は、上場するのではなく、企業に買われるという選択をしているということになります。この数字からもCVCの存在感がどれほど大きいものかわかるかと思います。アメリカでドットコムバブルが起きた2000年前後でさえもIPOはexitの割合からみると半分程です。つまり、ベンチャー企業が活発でIPOがバンバン行われているイメージがあるアメリカでさえも、全盛期でもIPOによるexitはベンチャー企業のうちの半分程で、ITバブルがはじけた後は8割以上はM&Aでexitをしています。ただし、これはあくまで件数ベースです。金額ベースでみると、Facebookに上場時に時価総額が10兆円近くついたりと、また違った姿が見えてきます。

日本の企業はどれぐらいお金を持っているのか
ベンチャー企業のexitについて、恐らく日本でもCVCはそれなりに活躍しているかと想像できます。金融の定義を教科書的に「資金余剰主体から資金不足主体へ資金を融通させること」と定義した場合、資金の提供する主体は当たり前ですが、資金余剰主体です。マクロ経済的に見た場合、日本の資金余剰主体は圧倒的に家計が大きいです。「日本の金融資産は1600兆円」と言われていますが、実際に、日銀の資金循環統計(2014年第1四半期速報)をみると、家計は2014年3月末で1630兆円の金融資産を持っており、そのうち現金・預金はそのおよそ半分の865兆円。このお金は銀行の預けられ、銀行を通じて政府の赤字に補填されている、すなわち国債に向かっていると考えられます。

次に多いのが、民間非金融法人、すなわち事業会社で942兆円です。うち、現金は232兆円もあります。これらの現金も銀行の当座預金に預けられていると考えられるので、恐らく結果的には国債に向かうこととなります。しかしながら、企業の場合は、家計と違って、株主から預かっているお金を事業を通じて増やす必要があるので、ただお金があればいいというわけではなく、株主から預かったお金を実業に投資をして、利益を上げて株主に還元する必要があります。そのため、これだけの現金があれば、CVCを通じて、ベンチャー企業にお金が向かうのも自然な流れと言えます。すわわち、ベンチャー企業ファイナンスは、銀行や金融機関を通じてよりも、企業から資金を調達する方が、以下でみるようにビジネスの点においても、金融の点においてもメリットがあるのです。時価総額世界トップクラスのappleは現金だけで17兆円も持っています。下手な金融機関から投資を受けるよりも、appleから投資を受けた方が、企業によっては、ビジネス的にシナジーの恩恵を受けられると同時に、資金提供先としても安心感があります(お金を扱うプロである金融機関より、事業会社からお金をもらう方が安心というのも皮肉な物ですが)。

CVCのメリット、特徴とは?
上記でも記載した通り、キャピタルゲインを目的するとベンチャーキャピタルによる投資と違い、CVCを通じた投資の場合、出資を受けたり、買収されたベンチャー企業は、親会社の本業とのシナジーを享受するといったメリットがあります。それ以外には、CVCはどのような特徴・メリットがあるのでしょうか。以下では、早稲田のビジネススクールの教授の入山先生が書かれた「世界の経営学者はいま何を考えているのか」に書かれているCVCの学術的研究成果を引用しながらCVCの経済効果を考えたいと思います。

最初はCVCの特徴についてです。まず、アメリカのデータによると、事業会社のCVCの投資額は、R&D額のたった1〜3%程にすぎません。事業会社がCVCに取り組んでいるとしても、通常のR&D額に比べればほんのわずかです。R&Dの視点からみると、CVCはうまく行くととても大きなビジネスにつながり、失敗したとしても、R&Dの額からみれば誤差のようにわずかで、また通常のR&Dよりは結果が比較的早く出るローリスクハイリターンな取り組みといえます。

次の特徴としては、多くの事業会社は、投資したベンチャー企業をその後買収していることがあげられます。。そもそもベンチャー投資では、複数の会社やベンチャーキャピタルがまずは小額ずつ投資をします。例えば、冒頭に紹介しましたユーザベースは先日約4.7億円を調達しましたが、投資した会社は9社にも上ります。
CVCはただ単に投資をするだけではなく、その後、買収して自社の部門に加えることが多いのです。例えば、1987年から2003年の間にCVC投資をしたベンチャー企業のうち、シスコは46社、マイクロソフトは26社も買収しています。

次にCVCのメリットについてです。LSEのドゥシュニツキーとヴァージニア大学のマイケル・レノックスの研究によれば、CVC投資が多い事業会社程、イノベーションの多くなることが示されています。加えて、CVC投資を行っている企業の方が企業価値も高くなることも実証されています。その理由として以下の3つがあげられています。

  • 【投資前】ベンチャーに投資をするかどうかをデューデリジェンスする過程で、ベンチャーの技術をしることができる。
  • 【投資中】投資後に、投資した会社の人材がベンチャー企業に、取締役等に派遣されることで、ベンチャーの技術やビジネスモデルに関する深い情報を得ることが出来る。
  • 【投資後】投資先のベンチャー企業の業績から事業・マーケットの将来を予測することが出来る。仮に事業が失敗したとしても、この失敗からマーケットの将来性について学習することができる。

M&Aのメリットの一つしては「時間を買うこと」があげられます。ゼロからビジネスを立ち上げるには、時間もコストもかかりますが、事業会社がまずはベンチャー企業に出資をし、その後、当該ベンチャー企業を買収をすれば、研究開発、マーケットシェア拡大、優秀な人材の獲得等について、一気に時間を短縮することが出来ます。時間の短縮に加えて、不確実性が高いベンチャー事業に対して、うまくいっても失敗しても多くの経験を会社に残すことが出来ます。他方、ベンチャーキャピタルしか出資をしていない場合、事業が失敗したらそれで終わりです。ベンチャーキャピタルの場合、CVCのように結果的にノウハウが残り、他の事業に違った形で活かされること限定的なのです。

リアルオプションとしてのCVC
また上記に加えて、CVCをリアルオプションの観点でも捉えることが出来ます。CVCはまず複数のベンチャー企業に出資をします。最初は小額のケースが多いです。その後、複数出資したベンチャー企業のうち、いくつか芽が出てきたら本格的に買収することも検討できますし、そのまま株式をもったままという選択も出来ます。すなわち、CVC投資は今後の本業の戦略に様々なオプションを持つことができます。複数の会社に投資をしているので、選択肢も無数にできます。まさにリアルオプションです。ソフトバンクがパズル&ドラゴンを提供しているガンホーの親会社であることは有名です。ガンホー時価総額は一時期任天堂を抜いた程です。ソフトバンクとしては、今後ガンホーをどうするか、まさにリアルオプションを持っている状況です。

一方で、出資・買収されるベンチャー企業はどうでしょうか。出資・買収される側としては、出資・買収する側の企業の経営資源を活用できるといった大きなメリットがあります。一方で、出資・買収する側の企業に自社の技術が盗まれるというリスクもあります。ベンチャースピリッツをもって、大企業には出来ないイノベーションに取り組んでいるベンチャー企業が、ライバルである大手の事業会社にCVCを通じて、出資・買収され、技術が流出することは避けたいと考えることもある意味合理的です。こういった考えのベンチャーにとっては、従来型の複数のベンチャーキャピタルから出資を受け入れたり、IPOを選択するといったことも十分に考えられます。

以上、CVCについて、ざっとまとめました。CVCから今後の金融の在り方を考えるといったことでちょっとした記事を書くつもりが、CVCの紹介だけで4,000字を超えてしまいました。続きは次回に書きたいと思います。次回は、金融の本場アメリカから、ウォール街VSシリコンバレーといった視点でベンチャーファイナンスを検討したいと思います。

参考文献

起業のファイナンス ベンチャーにとって一番大切なこと

起業のファイナンス ベンチャーにとって一番大切なこと

世界の経営学者はいま何を考えているのか――知られざるビジネスの知のフロンティア

世界の経営学者はいま何を考えているのか――知られざるビジネスの知のフロンティア

MITコンセンサス、MITの人脈

フランコ・モディリアーニという経済学者の名前を聞いてピンと来る人はどれぐらいいらっしゃいますでしょうか。マクロ経済学を勉強したことがある人は、消費の理論の「ライフサイクル仮説」を、「コーポレートファイナンス」を勉強したことがある人は「モディリアーニ・ミラーの定理(MM理論)」でおなじみだと思います。これらの研究業績で、モディリアーニノーベル経済学賞を受賞しています。

輝かしい業績を持つMITの教授であったモディリアーニが、実は「現代」の金融政策においても多大な影響を与えた、という話をして何のことかすぐにわかる人は、経済学が詳しい人でもそう多くはないはずです。

慶応義塾大学の竹森先生の最新作「世界経済危機は終わった」は、リーマンショック前に書かれた「資本主義は嫌いですか」、その後ユーロ危機の最中に発売された「中央銀行は戦う」につづく、近年の金融危機の総括ともいえる一冊です。

本書では「世界経済危機は終わった」という名のタイトルが示す通り、中央銀行の活躍によって「世界経済危機は終わった」と結論づけています。この本の白眉は第2章の「MITコンセンサス」です。この章ではなぜか2003年になくなったモディリアーニの弔辞のシーンから始まります。わけもわからず読み進めて行くと、実はもの凄い事実が示されます。その事実とは、モディリアーニのMITでの人脈と金融政策の関係者についてです。具体的には以下です。

以上のように、主にMITのモディリアーニを中心に、なんと現代の中央銀行の人脈は出来上がっているのです。このように人脈がつながっており、また共通言語として経済学があるので、各国の中央銀行同士は素早くコミュニケーションをとることができます。これがまさに「MITコンセンサス」です。


では、なぜこのように中央銀行の重要ポストにはMIT出身者が多いのでしょうか。以下、MITの特徴について、本書からの引用(厳密には本書で引用されている箇所の引用)です。

「理論を完璧にすることよりも、現実の問題を解決することに力を入れることに重点を置く教育は、学生と同様、教授にも魅力のあるものだった。」(P106)

「MITが力点を置いていたのは、『現実の出来事と、世の中がどのように動いているか』であって、複雑な理論や手法の革新ではなかった」(P108)

「MITのスタイルとは、現実の問題に当てはめる小さな理論モデルの活用、それに問題の本質に迫るために現実の観察と少しばかりの数字を混ぜ合わすこと(ポール・クルーグマン)」(P112)

このように、MITでは理論よりも実践を重きにおいた経済学の教育をしています。その他、MITで博士号を取得した人と言えば、IMFのオリビエ・ブランシャール、オバマ大統領の大統領敬愛諮問委員会議長を務めたクリスティーナ・ローマー、そして、連銀の副総裁を務めたアラン・ブラインダーがいます。
なお、ブランシャールは、「マクロ経済学講義」(かつての院レベルの教科書)の教科書を執筆。ローマーは『上級マクロ経済学』の著者のローマーの妻。ブラインダーは、現FRBの議長のイエレンと「良い政策、悪い政策」で共著を執筆と、全員が1流の経済学者です。

経済学で言えば、故ミルトン・フリードマン率いる「シカゴ学派」(厳密にはシカゴ学派は、戦前と戦後でだいぶスタンスが異なる)が圧倒的に有名です。その他、合理的期待形成ではミネソタ大学が有名等はありますが、MIT出身者が中央銀行にこれほど固まっているとは初耳でした。厳密な学派ではないので、このことに気がついた人もほとんどいなかったと思われます。このMITの人脈は、金融政策の思想にも影響をしています。実際、本書では「現時点における世界の中央銀行が実行する金融政策の方向性は、マネタリズムの影響が後退して、ケインズ主義の影響が強まっているということである。」(P116)と書かれています。

ちなみに本書には言及はありませんでしたが、前日銀総裁の白川氏は、マネタリズムで有名なシカゴ大学で経済学修士号を取得しています。リーマンショック後の各国中央銀行のMIT人脈とは一線を画すシカゴ出身というバックボーンは日銀の金融政策にも影響していたのでしょうか(あまり関係ないとは思いますが。)。

現在FRBはQE3の出口戦略を模索中、他方日銀、ECBは引き続き金融緩和策を続ける方針です。各国中央銀行の次の金融政策の一手を見極めるためにも必読の一冊です。*1

世界経済危機は終わった

世界経済危機は終わった

*1:ちなみにMIT人脈というのコラムがございます。こちらで竹森先生の本が引用されていますが、本コラムでは「アカロフモディリアーニの弟子」という致命的なミスが書かれています。竹森先生の本では、弟子どころか経済思想を含めてアカロフモディリアーニの経済観の違いについて色々解説されています。決して弟子ではありません。

【開催報告】2013年9月1日(日)金融経済読書会「なぜ国家は衰退するのか」

2013年9月1日の金融経済読書会では、大ヒットドラマ半沢直樹の裏の時間帯で、ダロン アセモグル, ジェイムズ A ロビンソンによる「国家はなぜ衰退するのか」を課題本として読書会を開催致しました。詳細は下記の通りです。

  • 開催日:2013年9月1日(日)18時〜21時
  • 場所:文京シビックセンター 3階会議室
  • 参加人数:13人
  • 課題図書:国家はなぜ衰退するのか

国家はなぜ衰退するのか(上):権力・繁栄・貧困の起源

国家はなぜ衰退するのか(上):権力・繁栄・貧困の起源

国家はなぜ衰退するのか(下):権力・繁栄・貧困の起源

国家はなぜ衰退するのか(下):権力・繁栄・貧困の起源

アメリカとメキシコの国境、西ドイツと東ドイツ、韓国と北朝鮮のように、地域、文化的な背景、人種がほとんど一緒でも、国としてまったく異なる様相を呈する時があることを歴史は示しています。これまで経済学において、国家により経済成長のスピードが異なる理由として、資本蓄積、労働人口、天然資源、技術知識等を挙げてきました。そのため、貧困国への援助も必然的に上記と関連するようなことが行われてきました。しかしながら、これらに加え、本書の著者であるアセモグル等は国の経済成長には「制度」が重要であることを指摘しています。

今回の読書会では、inclusive(包括的、多様性)とexclusive(少数支配型、独裁型)といった普段あまり馴染みのない言葉をキーワードとして、様々な議論が繰り広げられました。今回の勉強会を通じて、参加者の皆様は一層、政治と制度のあり方の重要性を感じたのではないでしょうか。個人的にも、改めて歴史を一から勉強し直すきっかけを得ました。