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MITコンセンサス、MITの人脈

フランコ・モディリアーニという経済学者の名前を聞いてピンと来る人はどれぐらいいらっしゃいますでしょうか。マクロ経済学を勉強したことがある人は、消費の理論の「ライフサイクル仮説」を、「コーポレートファイナンス」を勉強したことがある人は「モディリアーニ・ミラーの定理(MM理論)」でおなじみだと思います。これらの研究業績で、モディリアーニノーベル経済学賞を受賞しています。

輝かしい業績を持つMITの教授であったモディリアーニが、実は「現代」の金融政策においても多大な影響を与えた、という話をして何のことかすぐにわかる人は、経済学が詳しい人でもそう多くはないはずです。

慶応義塾大学の竹森先生の最新作「世界経済危機は終わった」は、リーマンショック前に書かれた「資本主義は嫌いですか」、その後ユーロ危機の最中に発売された「中央銀行は戦う」につづく、近年の金融危機の総括ともいえる一冊です。

本書では「世界経済危機は終わった」という名のタイトルが示す通り、中央銀行の活躍によって「世界経済危機は終わった」と結論づけています。この本の白眉は第2章の「MITコンセンサス」です。この章ではなぜか2003年になくなったモディリアーニの弔辞のシーンから始まります。わけもわからず読み進めて行くと、実はもの凄い事実が示されます。その事実とは、モディリアーニのMITでの人脈と金融政策の関係者についてです。具体的には以下です。

以上のように、主にMITのモディリアーニを中心に、なんと現代の中央銀行の人脈は出来上がっているのです。このように人脈がつながっており、また共通言語として経済学があるので、各国の中央銀行同士は素早くコミュニケーションをとることができます。これがまさに「MITコンセンサス」です。


では、なぜこのように中央銀行の重要ポストにはMIT出身者が多いのでしょうか。以下、MITの特徴について、本書からの引用(厳密には本書で引用されている箇所の引用)です。

「理論を完璧にすることよりも、現実の問題を解決することに力を入れることに重点を置く教育は、学生と同様、教授にも魅力のあるものだった。」(P106)

「MITが力点を置いていたのは、『現実の出来事と、世の中がどのように動いているか』であって、複雑な理論や手法の革新ではなかった」(P108)

「MITのスタイルとは、現実の問題に当てはめる小さな理論モデルの活用、それに問題の本質に迫るために現実の観察と少しばかりの数字を混ぜ合わすこと(ポール・クルーグマン)」(P112)

このように、MITでは理論よりも実践を重きにおいた経済学の教育をしています。その他、MITで博士号を取得した人と言えば、IMFのオリビエ・ブランシャール、オバマ大統領の大統領敬愛諮問委員会議長を務めたクリスティーナ・ローマー、そして、連銀の副総裁を務めたアラン・ブラインダーがいます。
なお、ブランシャールは、「マクロ経済学講義」(かつての院レベルの教科書)の教科書を執筆。ローマーは『上級マクロ経済学』の著者のローマーの妻。ブラインダーは、現FRBの議長のイエレンと「良い政策、悪い政策」で共著を執筆と、全員が1流の経済学者です。

経済学で言えば、故ミルトン・フリードマン率いる「シカゴ学派」(厳密にはシカゴ学派は、戦前と戦後でだいぶスタンスが異なる)が圧倒的に有名です。その他、合理的期待形成ではミネソタ大学が有名等はありますが、MIT出身者が中央銀行にこれほど固まっているとは初耳でした。厳密な学派ではないので、このことに気がついた人もほとんどいなかったと思われます。このMITの人脈は、金融政策の思想にも影響をしています。実際、本書では「現時点における世界の中央銀行が実行する金融政策の方向性は、マネタリズムの影響が後退して、ケインズ主義の影響が強まっているということである。」(P116)と書かれています。

ちなみに本書には言及はありませんでしたが、前日銀総裁の白川氏は、マネタリズムで有名なシカゴ大学で経済学修士号を取得しています。リーマンショック後の各国中央銀行のMIT人脈とは一線を画すシカゴ出身というバックボーンは日銀の金融政策にも影響していたのでしょうか(あまり関係ないとは思いますが。)。

現在FRBはQE3の出口戦略を模索中、他方日銀、ECBは引き続き金融緩和策を続ける方針です。各国中央銀行の次の金融政策の一手を見極めるためにも必読の一冊です。*1

世界経済危機は終わった

世界経済危機は終わった

*1:ちなみにMIT人脈というのコラムがございます。こちらで竹森先生の本が引用されていますが、本コラムでは「アカロフモディリアーニの弟子」という致命的なミスが書かれています。竹森先生の本では、弟子どころか経済思想を含めてアカロフモディリアーニの経済観の違いについて色々解説されています。決して弟子ではありません。