コーポレートベンチャーキャピタルから考える金融 その1
すなわち、CVCとは、上記のように一般の事業会社がベンチャー企業に投資をしたり買収したりすることをいいます。事業会社本体が直接投資をするケースもあれば、子会社としてベンチャー投資会社を設立して間接的に投資をするケースもあります。先に例をあげたKDDIは本体でも子会社でもベンチャー投資を行っています。
googleが2004年に上場し、当時出来たばかりのyoutubeを2006年に16億5000万ドル(当時で約2000億円)で買収したのも、まさのもCVCの代表例です(ただしCashではなく、株式交換での買収)。かつてgoogleは自社開発したgoogle videoという動画共有サイトのサービスを提供していましたが(現在はサービスを停止)、2006年当時、まだ動画共有サイトの黎明期の頃、業界で圧倒的なプレゼンスを誇っていたyoutubeを買収することで、一気に動画共有サイトのシェアを獲得することとなりました。(最近の若い人は、youtubeはgoogleに買収されたベンチャー企業だったてことをご存知ですかね。)。
一般的にはベンチャーへ投資する主体といった場合、ベンチャーキャピタルをイメージすることが多いかと思います。そして、ベンチャー企業の目標のひとつがIPO、すなわち上場です。一方で、ベンチャー企業の本場であるシリコンバレーを擁するアメリカの状況を見てみると、まったく違ったベンチャー企業の資金調達の姿が浮かび上がってきます。こちらは、2011年に発表された経産省による「未上場企業が発行する種類株式に関する研究会報告書」のリンクです。図5にある「米国におけるベンチャー企業のexit件数の推移」からもわかるように、現在アメリカでは、ベンチャー企業のexitは、9割以上がM&Aであり、IPOによるexitはわずか5%程です。ベンチャー企業のexitの9割以上がM&Aということは、見方を変えれば、ベンチャー企業の9割以上は、上場するのではなく、企業に買われるという選択をしているということになります。この数字からもCVCの存在感がどれほど大きいものかわかるかと思います。アメリカでドットコムバブルが起きた2000年前後でさえもIPOはexitの割合からみると半分程です。つまり、ベンチャー企業が活発でIPOがバンバン行われているイメージがあるアメリカでさえも、全盛期でもIPOによるexitはベンチャー企業のうちの半分程で、ITバブルがはじけた後は8割以上はM&Aでexitをしています。ただし、これはあくまで件数ベースです。金額ベースでみると、Facebookに上場時に時価総額が10兆円近くついたりと、また違った姿が見えてきます。
次に多いのが、民間非金融法人、すなわち事業会社で942兆円です。うち、現金は232兆円もあります。これらの現金も銀行の当座預金に預けられていると考えられるので、恐らく結果的には国債に向かうこととなります。しかしながら、企業の場合は、家計と違って、株主から預かっているお金を事業を通じて増やす必要があるので、ただお金があればいいというわけではなく、株主から預かったお金を実業に投資をして、利益を上げて株主に還元する必要があります。そのため、これだけの現金があれば、CVCを通じて、ベンチャー企業にお金が向かうのも自然な流れと言えます。すわわち、ベンチャー企業のファイナンスは、銀行や金融機関を通じてよりも、企業から資金を調達する方が、以下でみるようにビジネスの点においても、金融の点においてもメリットがあるのです。時価総額世界トップクラスのappleは現金だけで17兆円も持っています。下手な金融機関から投資を受けるよりも、appleから投資を受けた方が、企業によっては、ビジネス的にシナジーの恩恵を受けられると同時に、資金提供先としても安心感があります(お金を扱うプロである金融機関より、事業会社からお金をもらう方が安心というのも皮肉な物ですが)。
最初はCVCの特徴についてです。まず、アメリカのデータによると、事業会社のCVCの投資額は、R&D額のたった1〜3%程にすぎません。事業会社がCVCに取り組んでいるとしても、通常のR&D額に比べればほんのわずかです。R&Dの視点からみると、CVCはうまく行くととても大きなビジネスにつながり、失敗したとしても、R&Dの額からみれば誤差のようにわずかで、また通常のR&Dよりは結果が比較的早く出るローリスクハイリターンな取り組みといえます。
次の特徴としては、多くの事業会社は、投資したベンチャー企業をその後買収していることがあげられます。。そもそもベンチャー投資では、複数の会社やベンチャーキャピタルがまずは小額ずつ投資をします。例えば、冒頭に紹介しましたユーザベースは先日約4.7億円を調達しましたが、投資した会社は9社にも上ります。
CVCはただ単に投資をするだけではなく、その後、買収して自社の部門に加えることが多いのです。例えば、1987年から2003年の間にCVC投資をしたベンチャー企業のうち、シスコは46社、マイクロソフトは26社も買収しています。
次にCVCのメリットについてです。LSEのドゥシュニツキーとヴァージニア大学のマイケル・レノックスの研究によれば、CVC投資が多い事業会社程、イノベーションの多くなることが示されています。加えて、CVC投資を行っている企業の方が企業価値も高くなることも実証されています。その理由として以下の3つがあげられています。
- 【投資前】ベンチャーに投資をするかどうかをデューデリジェンスする過程で、ベンチャーの技術をしることができる。
- 【投資中】投資後に、投資した会社の人材がベンチャー企業に、取締役等に派遣されることで、ベンチャーの技術やビジネスモデルに関する深い情報を得ることが出来る。
- 【投資後】投資先のベンチャー企業の業績から事業・マーケットの将来を予測することが出来る。仮に事業が失敗したとしても、この失敗からマーケットの将来性について学習することができる。
M&Aのメリットの一つしては「時間を買うこと」があげられます。ゼロからビジネスを立ち上げるには、時間もコストもかかりますが、事業会社がまずはベンチャー企業に出資をし、その後、当該ベンチャー企業を買収をすれば、研究開発、マーケットシェア拡大、優秀な人材の獲得等について、一気に時間を短縮することが出来ます。時間の短縮に加えて、不確実性が高いベンチャー事業に対して、うまくいっても失敗しても多くの経験を会社に残すことが出来ます。他方、ベンチャーキャピタルしか出資をしていない場合、事業が失敗したらそれで終わりです。ベンチャーキャピタルの場合、CVCのように結果的にノウハウが残り、他の事業に違った形で活かされること限定的なのです。
一方で、出資・買収されるベンチャー企業はどうでしょうか。出資・買収される側としては、出資・買収する側の企業の経営資源を活用できるといった大きなメリットがあります。一方で、出資・買収する側の企業に自社の技術が盗まれるというリスクもあります。ベンチャースピリッツをもって、大企業には出来ないイノベーションに取り組んでいるベンチャー企業が、ライバルである大手の事業会社にCVCを通じて、出資・買収され、技術が流出することは避けたいと考えることもある意味合理的です。こういった考えのベンチャーにとっては、従来型の複数のベンチャーキャピタルから出資を受け入れたり、IPOを選択するといったことも十分に考えられます。
以上、CVCについて、ざっとまとめました。CVCから今後の金融の在り方を考えるといったことでちょっとした記事を書くつもりが、CVCの紹介だけで4,000字を超えてしまいました。続きは次回に書きたいと思います。次回は、金融の本場アメリカから、ウォール街VSシリコンバレーといった視点でベンチャーファイナンスを検討したいと思います。
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