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未来の金融をデザインする

主に経済や金融に関する記事や開催した読書会や勉強会の報告を書いております。

【開催報告:2016年7月3日(日)FED特別勉強会 「Brexit(EU離脱)と世界経済」】

イギリスでの国民投票の経て、イギリスのEU離脱という民意が示された結果を受けて、7月3日にFED特別勉強会として「BrexitEU離脱)と世界経済」というテーマで勉強会を開催しました。急な開催だったにも関わらず、当日は50人以上の方にご参加いただき、皆様がいかにイギリスのEU離脱という事象に関心を持っているのかを実感しました。

当日はイギリスのEU離脱についての論点整理として、まずは主催者側でプレゼンテーション×2を行いました。プレゼンテーションでは、国民投票の地域別の結果、年代別の結果、EU離脱派はどう言った理由で離脱を主張するのか、イギリスのEU離脱が決まる前までの世界経済の景気の動向及びイシュー、イギリスのEU離脱はイギリス経済、ヨーロッパ経済、世界経済にどのような影響があり得るのか、イギリスのEU離脱の今後の流れ等を整理を行いました。

次にグループに分かれて、イギリスのEU離脱が?日本経済に与える影響、?日本企業や日本の消費に与える影響、?世界経済に与える影響、?マーケット(株、為替、金利等)に与える影響、そして?政治に与える影響の5つについてフリーディスカッションを行いました。

フリーディスカッションでは以下のような議論及びコメントがありました。

  • EUがバラバラになると、中国の個別交渉が強くなるのではないか。
  • 円高株安が定着するのではないのか。そうなると、製造業への影響が大きくなる。企業はコストを削減するため、宣伝広告費を削減するようになる。新卒採用も減らすのではないか。
  • 今後の不透明性が高まることで、消費マインドの冷え込みの影響が強いのではないか。イギリスがEU離脱を機に、中国に急接近するのではないか。このような状況において、AIIBでは鳩山が理事になった。この動きには日本にはプラスに働くのではないか。
  • 日本において、景気動向につき、不透明感が続く。結果、消費マインドが下がる。円高(仕入れ)が下がる。不透明感があり、輸入企業もマイナス。企業の収益にマイナス。正社員と非正規との格差が広がる。
  • 円高を通じて、日本企業もよりグローバル化を進め、アジアシフトが加速していくのではない。そうなると、日本の得られるチャンスも多いのではないか。日本も移民政策をより緩和をすべきではないのか。
  • 金融市場は8年周期での変動があると言われている。今年はリーマンショック後からちょうど8年。落ちる相場。円安になる材料はない。為替リスクのないグロース株への投資や空売りが投資戦略として良いのではないか。
  • 当日の株価の動きを振り返る。ボラティリィの高い時には動くべきではない。マイナス金利はやめてほしい。日銀にやれることはもうないのではないか。日本の企業の成長戦略を重視すべき。
  • 50条を実際に発動するのか。イギリスの国内政治。なかなかやらないのではないか。なんでこんなことになってしまったのか。メディアの議論。残留すべきを国内。タブロイド紙が離脱、高級紙は中立。メディア側の反省。オランタやイタリアの離脱の議論。都構想の投票問題をダブった。世代間での投票の格差。高齢者は反対。ブレグジット、世代間の闘争とも必ずしも得られないのでは。移民のメリットとデメリットは層によって異なる。世代や業種によっても違うので、解釈が難しい。複雑なイシューなのにワンイシュー化することで、
  • 本当にイギリスのEU離脱につながるのか。法的拘束力はないはず。

上記のように、非常に多岐にわたって議論が行われました。FEDでは、いつもFEDでの紹介を説明しているように、勉強会の方針としては、「1聞く」「2聞く」「3聞く」「4帰る」ではなく、「1聞く」、「2考える」、「3対話する」、「4気づく」、「5そして、デザインする。」という設計を意識しております。

誤解を恐れずに申し上げると「イギリスのEU離脱がよくわからない方、答えを教えます」といったスタンスではなく、「イギリスのEU離脱について一人で考えるだけではなく、参加者とみんなで一緒に考えていきましょう」といったスタンスで会を開催しています。このようなスタンスで開催すると、「答えを知りたかったから来たのに、何も教えてくれなかった」といった参加者からの不満の声があるときもあるのですが、今回は参加者の皆様が自主的に問題意識を持って参加してくださったおかげで、皆様と一緒に考えることができ、結果として多くの学びがあったと感じております。様々なバックグラウンドを持つ皆様の幅広い意見を聞く中で、ウェルズファーゴ銀行の壁に書いていると言われている「私たちのうちの誰も、私たち全員より賢くはない」といったことを実感しました。参加者の皆様のおかげでそれだけ、多くの意見を引き出すことができたと感じております。この場を借りて御礼申し上げます。ありがとうございました。

同様の勉強会を7月17日(日)にも開催する予定です。
https://www.facebook.com/events/1050815201676348/
ご興味がある方はこちらもご参加していただけますと幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。


【開催報告:2016年6月25日(土)金融経済読書会 横山和輝先生著「マーケット進化論」】

マーケット3部作と名打って行ってきましたマーケット読書会。第1回目は「市場を創る」を、第2回目では「Who gets what」を、そして、最後となる今回は名古屋市立大学准教授の横山先生が書かれた「マーケット進化論」を取り上げ、読書会を開催いたしました。また、今回は特別講師として、著者の横山先生にも読書会にご参加していただきました。

マーケット進化論 経済が解き明かす日本の歴史

マーケット進化論 経済が解き明かす日本の歴史

本書の内容を一言で要約すると、P3に書かれているように「鎌倉・室町時代から昭和初期まで、市場の機能を生かす市場設計を通じて、日本は経済発展を実現した。」となります。「市場を創る」では主にコモディティ市場をいかに設計するかを、そして、「 Who gets what」では価格メカニズムが有効に機能しない状況において、マッチングメカニズムをいかに設計するかが焦点に当てられていました。一方、本書では、過去日本において、いかに市場の機能を活かす市場設計が為されてきたかが焦点となっています、具体的には神仏、安心、産地、交通、教育と言った身近なテーマにおいて、日本はどのようにして市場を活用してきかを歴史に沿って解説されています。
当日の読書会では、著者の横山先生に本書についてのプレゼンテーションをしていただきました。横山先生が経済史を学ぶきっかけから始まり、横山先生が娘さんの幼稚園の授業参観に出たことで本書を執筆するきっかけを得たことや、先生のご専門でもある金融史及び金融システムの話、そして古文を実際に引用しながら、江戸時代ではどのような流通ビジネスが行われていたのか等、どれも興味深いお話ばかりでした。個人的にとても印象的だったのが、江戸時代にはFEDのような自主的な勉強会が神社やお寺等で開催され、皆お酒を飲みながら色々と議論をしていたというお話です。また、神社には絵馬の裏側に誰かが数学の問題を書き、他の人がその数学の問題を解くと言ったやり取りもあったようです。そして、その絵馬に描かれた数学の問題のレベルが非常に高く、横山先生の同僚(理系)の方でも解くのに苦労したとのことでした。このあたりのお話は、映画化もされた冲方丁の小説『天地明察』にも描かれています。
天地明察 [DVD]

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その他にも金融教育のお話も興味深かったです。室町時代から証文の書き換え等を通じて、複利計算の考え方が浸透しており、教育の現場でも複利計算が教えられていたそうです。このような複利計算を始めとする金融教育が戦前までは行われていたものの、戦後においては金融教育は鳴りを潜め、代わって重視されたのがものづくり的な発想の教育です。そして、戦前に金融教育を受けていた人達が経営者となり日本の戦後高度経済成長期を支えた一方、ものづくり教育を中心に受けてきた人達がバブル崩壊前後の日本の企業を支えてきたのではないかというお話も非常に興味深く聞きました。
当日のディスカッションにおきましては、日本の歴史教育や、教育、イノベーション、労働のあり方等多岐にわたって議論が行われました。私個人としては学生時代は歴史は暗記科目と考えており、正直それ程面白く感じた記憶がなかったのですが、大人になって経済学を学んだ上で、改めて歴史を学ぶと理解が深まるとともにとても面白く感じています。この感想を参加者にぶつけたところ、「教科書では、経済的な側面ではなく、政治的な側面を重視して説明されている。そのため、経済の流れを理解しづらく、どうしても暗記重視になりがちになってしまうのではないか」との意見があり、個人的にはとても腑に落ちました。
今回の横山先生のプレゼンテーションにおいては、「国家はなぜ衰退するのか」の著者であるダロン・アセモグル やノーベル経済学者のダグラス・ノース、そして「ヤバイ経済学」のスティーヴン・レヴィット、「学力の経済学」の中室先生等の引用がございました。振り返ってみると、FEDの前身とも言えるマンキュー経済学勉強会は、ハーバード大教授のマンキューが書いた「Principles of Economics」を3年かけて読破するという目標から始まり、実際に2009年終わりから開始した読書会は、2012年の年末に終えることができました。マンキュー経済学勉強会では、いわゆるオーソドックスなミクロ経済学マクロ経済学を学びましたが、FEDではマンキュー経済学勉強会を基礎として、幅広く、経済、金融に関する勉強会、読書会を開催してきました。事実、過去の読書会では、横山先生が引用されていたアセモグルやノース、レヴィット、中室先生の本も扱いました。そして、マンキュー経済学ではそれ程深堀されていない市場の制度設計についても、直近過去3回の読書会を通じて、理解を深めてきました。
FEDの読書会では、必ずしも経済学を最短距離で学ぶような設計がなされていませんが、多くの寄り道を経ることで、結果として多くの学びを得ることが出来ると考えています。実際、「マーケット進化論」を読んだり、横山先生のプレゼンテーションを聞く中で、過去FEDで取り上げてき多くの経済、金融の本を思い出しましたし、逆説的ではありますが、こう言った多くの寄り道を経たからこそ、「マーケット進化論」にとだりつくことができたとも感じています。まさにスティーブ・ジョブズが我々に教えてくれた「connecting dots」の重要性を実感しました。FEDでも引き続き学びの場を皆様と一緒に作っていくことで、進化していきたいと考えております。最後になりましたが、今回素晴らしい場を作ってくださった横山先生にはこの場を借りて御礼申し上げます。ありがとうございました。FEDでの学びを深化させることで、間接的にではありますが、経済学にも貢献できるようFEDの活動を今後も尽力していきたいと思います。



【開催報告:2016年6月5日(日)金融経済読書会「Who gets what」】

市場をテーマに取り上げる読書会3部作の第2回目は、2012年にノーベル経済学賞を受賞したアルビン・ロス著の「Who gets what」を課題図書にして、読書会を開催しました。

前回課題図書として取り上げた「市場を創る」において主に取り上げられていた市場は、例えば電力市場や金融市場のように、取引を行う対象の質がほぼ一定であるいわゆるコモディティに関する市場でした。このコモディティ市場においては、価格メカニズムを有効に機能させるための制度設計が重要になってきます。
他方、労働市場における就職活動時のマッチング、学校選択、臓器提供等は価格メカニズムを有効に機能させて最適な配分を達成するには困難な対象です(そもそも臓器の売買は、イラン以外は法律で禁止されています。)。本書では、このような価格メカニズムが必ずしも有効に機能しない状況におけるマッチングの研究内容を解説した本となります。
マッチングとは、本書の定義を用いれば「私たちが人生の中で、自分が選ばれるだけでなく、自分も相手に選ばれなければ得られない多くのものを手に入れる方法を指す経済学の用語」(P10)となります。
例えば、研修医と病院のマッチングを考えてみます。とても人気がある病院には多くの研修医が入りたいと思います。もちろん、病院には受け入れることができる研修医には限りがあります。他方、優秀な研修医は多くの病院が受け入れたいと考えますが、そもそも優秀な研修医は一つの病院にしか行くことが出来ません。このような状況では労働の対価としての賃金を価格として、価格メカニズムを機能させることができません。では、このような状況ではどうすれば最適な組み合わせを達成できるのでしょうか。
読書会当日では、プレゼンテーターのアレンジで、実際に研修医と病院のマッチング状況を想定し、それぞれのグループにおいて、病院と研修医の二手に分かれて、病院と研修医の選好(第一希望、第2希望はどこか等)を仮定した上で、実際にマッチングを行いました。
今回実際に行ったGale & Shapley のアルゴリズムの具体的な仕組みについては本書のP192を参考にしていただければと思いますが、3グループに分かれて行った研修医と病院のマッチングにおいて、Gale & Shapley のアルゴリズムを使うことで、3グループとも同じマッチングを達成することができ、参加者からは驚きの声が多数上がりました。最初は研修医が病院を選ぶという順番で行ったのですが、後半では逆に病院が研修医を選ぶという順番でもGale & Shapley のアルゴリズムを実施したところ、最初と同じ結果が得られ、これまた感動にも近い驚きの声が上がりました(なお、安定マッチングは複数均衡ある可能性があるので、毎回同じ結果になるとは限りません)。
当日は、学生時代にマッチング理論を選考していた方がプレゼンをしてくださるとともに、上記のようなマッチングの実践をしてくださったり、参加者からのご質問にご丁寧に答えていただきました。この場を借りて御礼申し上げます。ありがとうございました。
加えて、実際に研修医マッチングを経験がしたことがある方の実体験の話を伺ったり、保育園のマッチング問題、就職活動におけるマッチング問題、はたまた合コンでのマッチング等多岐にわたる論点についてディスカッションを行いました。
経済学については、「仮定が非現実的だ」「人は経済学が想定するように合理的ではない」「市場は経済学が言うようにうまく機能しない」といった批判がよく行われています。確かにそう言った一面があるのは事実でしょう。一方で、マッチング市場の整備のように経済学の理論的知見が実際に現実に使われるとともに、経済学が世の中の制度設計に貢献しているのも事実です。特に臓器提供や学校選択、そして研修医マッチング等多くのマッチング市場において、理論と実践への往復が複数回なされることで、理論的にも深化するとともに、現実の適用の場においても一層洗練されて使われるようになってきます。
世の中には制度を通じて非効率を解消できる分野がまた多く残っています。マッチング理論はまさに世の中の非効率な制度や仕組みを改善するにあたって、我々にとって有効なツールになると実感した読書会でした。



【開催報告:2016年5月15日(日)第4回法と経済学勉強会第2編事故法に置ける第10章「抑止の分析の展開」第11章「責任、リスクの負担、保険」】

5月15日(日)に第4回法と経済学勉強会を開催しました。今回扱ったのは、第?編事故法に置ける第10章「抑止の分析の展開」と第11章「責任、リスクの負担、保険」の箇所です。
第10章の「抑止の分析の展開」では、これまでに取り上げた基礎理論を拡張し、過失の認定、無資力、代位責任等に関する諸問題を扱っています。この中では、特に無資力問題が議論になりました。無資力問題とは、加害者側が損害賠償を出来るほどの資力がそもそもない場合に、注意を払ってリスクを減少させるインセンティブが不十分なものになるというものです。本書においては具体例として、原子力発電所の防護壁を作るかどうかが挙げられていました(防護壁は、壊滅的な損害がある場合にのみ役にたつがそれ以外の場ではコストがかかるのみという場合、所有者は防護壁を作るインセンティブをもたいない)。こういった事例において、東日本大震災で似たようなことが実際に起きたことを考えると、制度設計を通じてどのようなインセンティブをもって安全性を担保するのかという重要性を実感します。
第11章では、賠償責任をいかに緩和するのかといった課題について、主に保険の役割について学びました。当日主として議論になったのは「株主代表訴訟保険(会社役員賠償責任保険)」についてです。ご存じの通り、株式会社においては、委託者である株主から選任された受託者である経営者(取締役)がビジネスの実務を行うこととなります。いわゆる「所有と経営の分離」です。このような仕組みにおいて避けては通れないのがプリンシパル=エージェント問題となります。例えば、経営がうまくいかなかった場合に、受託者である経営者は、委託者である株主から「きちんと業務を執行しないから経営がうまくいかなかったんだ。訴える!」と言われるリスクがつきまとうこととなります。こういったリスクを受託者側である経営者があまりに懸念をしすぎると、誰も経営者をしたくなくなるという問題が出てきます。特に昨今では社外取締役の重要性が叫ばれていることもあり、経営者不足は企業価値向上においてクリティカルイシューとなる可能性があります。このような非効率を緩和するのが前述した「株主代表訴訟保険(会社役員賠償責任保険)」となります。一方で、この保険がどこまで役に立つのかという課題もあります。結局のところ、コーポレートガバナンス問題に帰着することにはなるのですが、本章はこういったコーポレートガバナンス問題を考える際にも大きな助けになると思います。最後に、当日のプレゼン資料と参加者の方から教えていただいた今回扱った内容の原論文のリンクを記載いたします。

次回は第3編「契約法」に入ります。途中からの参加も大歓迎です。引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

法と経済学

法と経済学

【開催報告:2016年4月30日(土)金融経済読書会「市場を創る」】

2016年のGW二日目の4月30日にジョン・マクミラン著の「市場を創る」を題材に金融経済読書会を開催ました。
FEDでは2015年は「組織の経済学」を、そして2016年は「法と経済学」を輪読の課題図書として取り上げました。

組織の経済学

組織の経済学

法と経済学

法と経済学

これらの輪読をする中で、改めて市場との付き合い方を考える必要があると思い、「市場を創る」、「Who gets What」、そして「マーケット進化論」の3冊を、市場3部作として、金融経済読書会で課題図書とすることにしました。
市場を創る―バザールからネット取引まで (叢書“制度を考える”)

市場を創る―バザールからネット取引まで (叢書“制度を考える”)

今回は3部作の中での最初の1冊となります。「市場を創る」の原題は、「 Reinventing the bazaar -A natural history of markets」となっているように、昔からあるバザーのような市場から、ネットでの取引やネットオークション等、様々な市場の進化が紹介されています。
本書において、市場がうまく機能する条件として以下の5つが挙げられています。

  1. 情報がスムーズに流れること (第4章:情報の非対称性とインターネット )
  2. 人々が約束を守ると信頼できること (第5章:信頼と特殊的投資 )
  3. 競争が促進されていること (第6章及び7章:オークション理論 )
  4. 財産権が保護されているが、過度には保護されていないこと (第8章及び9章:所有権及び特許権 )
  5. 第3者に対する副作用が抑制されていること (第10章:外部性 )

逆に言うと、上記が適切に満たされていない場合は、市場が有効に機能しない可能性があります。アダムスミスから始まり、フリードマンに至るまでの系譜において「市場に任せればうまくいく」と一般的に理解されがちですが、決してそういうわけではなく、市場もきちんと設計しなければうまく機能しないこととなります。
現在の日本における新たな市場の萌芽といえば、2016年4月から始まった電力小売全面自由化に伴う「電力市場の自由化」があげらます。本書においても、14章において、電力市場の自由化が取り上げられているものの、内容としてはカリフォルニアの大停電といった失敗の事例です。ここでは、まさに市場の設計がうまくできなかったために、失敗した例として紹介されています。
さて、当日のディスカッションでは以下のような議論が行われました。

  • 第8章:所有権について。子供を見ていると、子供は生まれながらにして、所有をするということに対してこだわりがあるのではないのかと感じることがある。
  • シェアリングエコノミーについて。最近は所有することに必ずしもこだわらずにシェアをするという現象が起きている。この背景にはインターネットとSNSの普及が大きいものと考えられる。
  • クラウドワークス、ランサーズ等のクラウドソーシングが新たな労働市場を開拓している。派遣と請負契約の違いとクラウドソーシングのあり方について。
  • 人々の生活が見えるようになって、 格差は広がっているのではないか。もしくは元々生活には格差があったのだが、SNSを通じて、より格差を感じるようになってきているのではないか。
  • 他者の目があるから行動するということが増えてきているのではないか。そういった場合、他社がいなければ成り立たないのか。
  • 市場のルール作りについて。パフォーマンスをよくするためのルール作りも必要ではないか。
  • インターネットを通じて、新たな市場が生まれてきた。
  • 労働法に関心を持っている。現在の労働法は実態に合わないのではないか。

次回は、メカニズムデザインの分野でノーベル経済学賞を受賞したアルビン・ロスによる「Who gets whats」を取り上げます。

【開催報告:2016年4月3日(日)第3回法と経済学勉強会】

4月3日に第3回法と経済学勉強会を開催しました。

法と経済学

法と経済学

第1回目と第2回目では、第1編の所有権法を扱いましたが、第3回目となる今回からは第2編に入り、事故法を扱うこととなりました。今回は「第8章責任と抑止:基礎理論」、第9章「責任と抑止:企業の場合」の2章について学びました。
事故法における基本的なシチュエーションは、例えば自転車事故のような事故が起こり、加害者と被害者がいる場合、責任は誰が負うのかというものとなります。常識的な考えでは、「もちろん加害者が責任を負うべき」となりがちですが、法と経済学では、ありとあらゆる場合を想定したうえで、「社会的な費用が一番少ないのはどういった責任ルールを課した時か」ということを考えることになります。
具体的には、加害者がまったく責任を負わない「無責任ルール」、加害者は事故で生じた損害をすべて負担する「厳格責任ルール」、そして加害者に過失があった場合のみ加害者は損害の責任を負う「過失責任ルール」の3つのルールを軸に、社会的なコストについて考えて行くこととなります。
興味深いのは、加害者が一方的に事故を起こす「一方的事故」と加害者と被害者がともに行動したことで事故が起こる「双方的事故」において、上記3つのルールの下で、それぞれ加害者や被害者がどのような注意を払うかによって、社会的厚生の最適値は変わってくるというものです。
例えば、一方的事故において、「厳格責任ルール」の場合は、加害者は、損害について厳格な責任を負うので、注意水準を踏まえて上で一番被害が少なくなるように行動するインセンティブを持ち、この行動が結果的に社会的に最もコストを小さくすることに結びつくこととなります。
他方、加害者が損害の責任をまったく負わない「無責任ルール」では、損害を被るのは被害者のみとなるので、加害者はまったく注意を払わなくなり、結果的に社会的に損害が「厳格責任ルール」よりも多くなってしまいます。
最後に「過失責任ルール」を採用した場合は、加害者は過失がなければ損害の賠償をする必要はないので、過失とならない注意水準を適正に裁判所が設定することが出来れば、加害者は過失がないように行動をするようになり、結果として社会的に最もコストが少なくなります。そして、結果だけをみれば厳格責任ルールと同じ結論をもたらすこととなります。
興味深いのは、上記のルールいずれにおいても被害者も加害者も合理的な行動を取っている点です。無責任ルールにおいては、加害者が損害の責任を負わないため、まったく注意を払わないということが加害者にとってベストな選択となり、この状況においては倫理的に問題があるといったことはイシューにはなりません。加害者はあくまで「無責任ルール」のもとで合理的な行動をとった結果、社会的には損害のコストが他のルールよりも多くなったというだけです。
市場に任せておけば、個々人が自身の利益を最大にするように行動し、結果として最適な資源配分が達成されるというのが、ざっくりとした経済学の考え方と思われがちですが、自転車事故のような事故一つをとってみても、上記のように「無責任ルール」、「厳格責任ルール」、「過失責任ルール」のどれを採用するかで、個々人の利益を最大にする行動は変わってきますし、結果的には社会全体のコスト負担も変わってきます。今回の会ではシンプルなシチュエーションを考えてみただけでも、如何に制度を作るのかが重要で、そして難しいかということを学べました。
会の後半では、加害者が企業となる場合を想定し、被害者が企業の顧客と関係がない場合と企業の顧客の場合それぞれにおいて、どのルールを用いれば、企業の行動はどう変わるのかについて学びました。
アイロボット社のロボット掃除機「ルンバ」に関して、日本のメーカーも技術的には同様のものを作ることは出来たし、実際にはプロトタイプも出来ていたと言われています。しかしながら、日本メーカーは「仮にロボット掃除機を販売し、ロボット掃除機が仏壇にあたってろうそくが倒れて火事になったら、損害を賠償しなければならない。」といったことを気にしたせいで発売に踏み切れなかったという話があります。他方、アイロボット社は「重要なことは家庭での掃除の負担を減らすこと」という点をイシューと捉え、上記目的を達成するためにルンバを発売したそうです。
上記の例からも分かるとおり、日本のメーカーは厳格責任ルールを意識するあまり、企業行動が萎縮する一方、海外のメーカーは必ずしもそうではないといった議論もあります。
最後の方ではそれぞれのルールのあり方と企業行動のインセンティブについても色々と議論を行いました。非常に渋いテーマではありますが、個人的には学びと気付きがとても多い会となりました。
次回以降も引き続き事故法を扱います。ご興味がある方は是非ご参加いただければと存じます。
勉強会資料
日本の家電各社が「ルンバ」を作れない理由 国内製造業の弱点はそこだ!!


【開催報告2016年3月19日:金融経済読書会Classic「知識創造企業」】

なぜ今、知識創造企業を取り上げるのか?
主に古典を扱う読書会である金融経済読書会Classic。今回は野中先生と竹内先生が元々は英語で書かれ、日本語に翻訳され逆輸入された形で日本で発売された「知識創造企業(以下、「本書」)」を扱いました。本書を取り上げたきっかけは、今後人工知能やテクノロジーがさらに進化していく社会で、恐らく多くの知識が今まで以上に形式知化され、人の仕事はコンピューターに一部置き換わっていくことが予想される中、人間の強みは暗黙知を持っていることではないか、という問題意識からきています。実際に読んでみたところ、20年以上前の本ですが、今読んでも非常に示唆が富んでいました。
知識創造企業

知識創造企業

例えば、ここ数年流行のリーンスタートアップやデザイン思考の文脈でよく言われるような、ラビッドプロトタイピングや観察(エスノグラフィー)の重要性といったことは本書でもすでに指摘されています。
一方で、知識創造企業としての新しい組織構造として「ハイパーテキスト型組織」があげられており、ハイパーテキスト型組織への移行途中の企業の例として花王が、そして完全にハイパーテキスト型組織へ移行している組織の例としてシャープが取り上げられていますが、現在のシャープの状況を鑑みるに、20年前のように本書で指摘されてる知識創造企業の完成系の組織として今もハイパフォーマンスを発揮しているとは残念ながら言えないものと思われます。
このように今でも十分通用することが書かれている一方で、事例を後追いしていくと、必ずしもその後の企業が引き続き知識創造企業になっていないというのが興味深いところといえます(ビジョナリーカンパニーで取り上げられている会社にも同様のことが言えると思いますが…。)。

当日のディスカッション内容
当日の読書会では以下の二つの論点を扱い、それぞれ二つのチームに分かれて議論を行いました。
?なぜ日本企業はうまくいかなくなったのか。
?知識創造企業の例は製造業のみだが、製造業以外の業種にもSECIモデルは適用可能なのか。
?では以下のような意見等がありました。

  • 組織の硬直化が原因ではないか。日本の企業は人材の流動性が低いことがあげられる。
  • 危機感の共有が出来ていないことも大きい。また、失敗が許されない文化があり、そのため、SECIモデルがうまく機能しなくなっているのではないか。
  • 同一の人が集まりやすく、社内に多様性がない。
  • 人材が流動化していくことが重要。ダイナミズムを動かしていく多様な人材のプールが必要。また社外のつながりもこれまで以上に求められるようになっている。
  • 環境の変化が大きい。今の日本企業は外部環境の変化に対応しきれていない。シャープは本書ではマネをしない企業と書かれていたが、現在はマネをするようになった。
  • 同じく野中先生が著者の一人となっている「失敗の本質」に書かれているように日本企業は戦艦主義に陥ってしまった。また、シャープは経産省補助金をあてにしたビジネスになっていたのも大きいと思われる。

?では以下のような意見がでました。

  • そもそも今では日本企業の定義が難しい。何をもって日本企業というのか。株主比率で外人が多いソニーは日本企業といえるのか。また、知識創造企業として日本企業が例にあげられているが、製造業以外ではどういった企業が知識企業といえるのか。
  • 商社は昔と比べて飲み会の回数は減っている。以前は、飲み会や社員寮を通じて、企業の文化的側面が強化されていたことがあったといえるが、今はかつてと比べてこの点は弱くなっているかもしれない。
  • イノベーションの源泉としては、知の探索と知の深化の二つが重要。前者においては、who knows who(誰が誰を知っているのか)、who knows what(誰が何を知っているのか)を知ることが肝要になってくる。かつては企業文化がしっかりしており、上記の知の探索も効果的に行われていたが、最近では日本企業(日本企業の定義はあいまいだが…)では知の探索が行われなくなってきているのではないか。
  • 日本の企業は意思決定に時間がかかりすぎている。通常は意思決定を早めるため、権限委譲を行う形として事業部制を用いられることがあるが、事業部制になってむしろ意思決定が遅くなっているケースも見られる。

当日は非常に盛り上がった議論となりましたが、その中でも共通の意見としてあったのは「日本はもはや知識創造企業ではないのではないか。では、なぜ知識創造企業でなくなったのか。」という点でした。日本の企業は環境の変化に対応が出来なくなったという意見もありましたが、本書のP5には「日本企業の連続的イノベーションの特徴は、この外部知識との連携なのである。外部から取り込まれた知識は、組織内部で広く共有され、知識ベースに蓄積されて、新しい技術や新製品を開発するのに利用される。」と書かれており、本書が定義する知識創造企業はむしろ外部環境の変化に強いと考えられるのが、解釈の難しいところです。

日本の企業は知識創造企業でなくなったのか?
早稲田大学ビジネススクール准教授の入山先生がハーバードビジネスレビューで連載されている「世界標準の経営理論」の第17回では「世界の経営学に『野中理論がもたらしたもの』」というテーマにを扱っており、この回ではSECIモデルと、ナレッジベーストビューが解説されています。
こちらに興味深いことが書かれているので、いかにて一部引用します。

しかし、いまはシャープに代表されるように、日本のメーカーの多くに当時の面影は見られない。この事実を背景にSECI理論の説明力を疑問視する意見も、筆者は聞いたことがある。
しかし、それは逆ではないだろうか。むしろ日本企業の多くが過去の成功体験からSECI理論の示唆を軽視し、一方でそれを今実現できているのが、欧米の有力グローバル企業ということではないか。例えば、社内で対話を促す「場作り」を重視する企業は、むしろ最近の欧米の有力な大企業によく見られる。(中略)
このように長きにわたり成功し続けているGEやトヨタを見ると、SECI理論の説明力は衰えるどころか、むしろ増しているとすら言えるかもしれない。

冒頭に書いたように、本書ではすでにラピッドプロトタイピングやプロトタイプの作成の重要性、またいかに個人の暗黙知を組織の形式知に転化させるのか、そして暗黙知を醸成するためにどのようにして企業文化を浸透させるのかといったことが指摘されています。去年ベストセラーとなった「How google works」等を読むと、上記は、まさに現在アメリカ西海岸のシリコンバレーの企業によって実践されているものだと思われます。
今後テクノロジーの進化や人工知能が発展していく中で、人間の強みはまさにSECIモデルが指摘しているような個人の暗黙知を組織的に形式知化するプロセスの循環となっていき、このプロセスを持っている企業が今後の知識社会では一層競争力を発揮するものだと考えます。

次回のclassicの課題図書はピーター・センゲの「学習する組織」?
読書会を通じて思考を整理していく中、本書は何度も読み直したいと強く感じました。そして。この流れを引き継ぐとなると、次に取り上げる本は、本書の2章でも言及され、そして批判もされているシステム思考でおなじみのピーター・センゲの「学習する組織」あたりかもしれません。
学習する組織――システム思考で未来を創造する

学習する組織――システム思考で未来を創造する

学習する組織の日本語訳は2011年に発売されていますが、元の本は1990年に発売されているということもあり、古典として扱ってもよいかと思います。500ページを超える大著ですが、興味がある人はいいねもしくはコメントを頂戴できれば幸いです。

当日の資料
ご参考まで
http://www.slideshare.net/fedjapan/20160319-59777359