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正しい判断は最初の3秒で決まる

本書は、人間の最大の武器である「直感」と「信念」について書かれています。MITのマカフィーらの「機械との競争」*1で紹介されている現状やプロ棋士がコンピューターに負ける現在では、人間特有の「直感」と「信念」は一層重要に感じられます。

「直感」と「信念」と書くと抽象的な議論のようですが、著者の経験に加え、古典といった過去からの知恵、さらには最新の学問的知見等を引用しながら、どのようにすれば「直感」と「信念」を活かすことができるのかが詳しく、そして実用的に考察されています。

本書の最大の特徴は、プライベートエクイティファームという、企業を買収し、企業価値を上げることを業務とする、極めて専門的な業務に携わっている著者が書いている点にあると思います。実際、30ページ以上もある「はじめに」では、企業に投資をする際の仮説を例に、企業における直感と信念について言及しています。まさに企業の現場にいる著者だからこそ、圧倒的なリアル感をもって「信念」と「直感」の重要性を説くことができるのでしょう。

実はM&Aに携わっている人が書いている本は世の中にたくさんあります。コンサルティングファーム出身者や投資銀行出身者が書くのはその最たる例でしょう。事実、海外のMBAで使われるマッキンゼーの「Valuation」はコンサルティングファームの人達によって書かれています。他にも、コーポレートファイナンスを専門とする学者が書くような学術的な本、大企業経営者経験者やベンチャー企業の社長が自らの体験を元に書くビジネスの本、弁護士や会計士が書く実務的な本等、M&Aに関連する書籍には枚挙に暇がありません。

他方、不思議なことに、実際に企業の買収をする「プライベートエクイティ」業務に携わっている人が書く本は、上記に比べ圧倒的に少ない状況にあります。その理由はおそらく直接的にプライベートエクイティファームに携わっている人自体が少ないからだと思われます(恐らくですが日本で200人ぐらいでしょうか)。なお、企業と企業の買収を仲介する、M&Aの「アドバイザリー業務」に携わっている人(主に投資銀行マン)が書く本はたくさんありますが、実際にM&Aの後から本格的にビジネスが始まるプライベートエクイティ業務は、投資銀行の扱っているM&Aの分野とは、似て非なる分野であり、この分野を経験して本を書いた人は圧倒的に少数です(そもそも日本でプライベートエクイティ業務が始まったのは、2000年前後で、アメリカでさえも1980年代後半なので、それは仕方がないと思います)。

ただでさえ、プライベートエクイティ業務に携わっている人が企業を例に「直感」と「信念」について書くとなると俄然興味が出るところ、本書の凄いところは、著者の実務経験を元に決して一人よがりになるのではなく、著者のアカデミックバークボーンを最大限に活かし、経営学、歴史、脳科学、古典、自然科学、東洋思想等様々な文献を引用し、著者が考える「直感」と「信念」についての仮説を強力に補完しているところにあります。

実務のところだけを読めば、M&Aやファナンス業務に携わった人は書けるかもしれません。引用文献の内容については、アカデミックや古典に精通している人は馴染みがある書籍もいくつかあるかもしれません。人の感性やモチベーションに訴える部分は、NPOに携わっている方が比較優位にあるパートだと思います。

それぞれを別々に書ける人は、たくさんいると思いますが、実務がわかって、実務の現象を適切にサポートできるアカデミックな分野を引用でき、かつNPO活動を通じ、人の心に訴えることが出来る文章を書ける人は、恐らく著者だけです。

著者の前2作はどちらかといえば、著者のNPOでの活動がメインとなって書かれた印象がありましたが、本書、特に序盤は「投資プロフェッショナル」全開の著者が垣間見えます。本書が100年後も読み継がれる真の「古典」になることを祈って、レビューを終わらせていただきます。

*1:

機械との競争

機械との競争