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未来の金融をデザインする

主に経済や金融に関する記事や開催した読書会や勉強会の報告を書いております。

なぜ優秀な人から先に会社を辞めるのか 前編

FED Academic Review
FEDでは、今後、「FED Academic Review」(通称、FAR(ファー))と題して、経済学の論文をベースにしたコラム的なものを書いていきます。
第1回目となる今回のテーマは「なぜ優秀な人から先に会社を辞めるのか」です。優秀な人から先に辞めるということについて客観的なデータのようなものは見つけられていませんが、会社で長く働き残っている人が、自虐的に「優秀な同期はみんな会社を辞めてしまった」という会話はよく耳にします。また、プロ論*1という本があるのですが、ここに出てくる人達はほぼ全員が転職経験者です。こういった事実から優秀な人から会社を辞めていくということは実際に起こってそうです。

今回はラジアの賃金モデル*2からなぜこのような現象が 日本で起こっているのかを説明したいと思います。


賃金は生産性で決まるのか
一般的な経済学においては、実質賃金は働く人の生産性で決まります。すなわち、生産性が高い程、賃金が高く、低いほど賃金は安くなるというものです。ですが、この説明では日本企業に長年根付いている「終身雇用」と「年功序列」と言われる日本的経営の労使のあり方を説明することができません。なぜならば、年功序列においては、賃金は必ずしも生産性で決まるわけではなく、働いた年数で決まるからです。


年功序列を説明するラジアの賃金モデル
この年功序列(勤続年数)と賃金に関する関係を説明したのがラジアの賃金モデルです。詳細な説明はそれなりの数学を要しますので、ここではエッセンスのみご説明いたします。

上述したように通常は、賃金は生産性によって決まります。資本水準及び技術水準を一定と仮定した場合、働き始めたばかりの新人の生産性は低いものの、働く期間が長くなれば生産性はあがっていきます。一方で、生産性は天井なしに上がるものではなく、ある程度経てば頭打ちします。また、加齢からくる体力の衰えや記憶力の低下により生産性が落ちることもあります。もちろん、ベテランになることで、これまでの経験や人脈を生かすことで生産性が継続的に上がることも考えられなくはないですが、ここでは、時間とともに生産性の上昇は低減していくものと考えます。

他方、終年功序列を前提とした場合、働く期間とともに常に賃金は上がっていきます。なぜこのような賃金体系が可能なのでしょうか。

ここで働く期間を若年期と高齢期の2期間で考えてみます。通常では若年期であろうが、高齢期であろうが、賃金は生産性に一致します。しかしながら、年功序列では、若年時は生産性よりも「低い」賃金しか労働者は もらえないものの、高齢期になれば生産性よりも「高い」賃金をもらえるような設計をしているものと考えられます。このようなコンセプトがラジアの賃金モデルです。以下のグラフは横軸に労働年数、縦軸に賃金/ 生産性を取ったもので、ラジアの賃金モデルを可視化したものです。赤い線は生産性と賃金が一致しているケース、青い線はラジアの賃金モデル(年功序列における賃金)を表現したものです。グラフからわかる通り、若年期においては青い線(賃金)は赤い線(生産性)を下回るものの、高齢期においては、青い線は赤い線を上回ります。

ラジアの賃金モデルによる雇用体系では雇用主、労働者はにとってどのようなインセンティブが生まれてくるのでしょうか。まず若年期は賃金が低いものの、高齢期になれば高い賃金をもらえるので、若年期だけ働いて会社を辞めるということは働き手にとっては給料面で不利に働きます。よって、若年期の頃の賃金を取り戻すために、労働者は長く働こうとするインセンティブを持ちます。このことは経済学ではホールドアップ問題ともいいます。すなわち、労働者がある程度の期間を企業で働くことにコミットしてしまうと、簡単には企業をやめにくくなる状況になるということです。優秀な人材を長期間雇いたい雇用主からするとこれはメリットが大きいです。また、雇い手側からしたら働き手が長期間企業に留まってくれるので、長期的な視野で経営や人材育成をできるといったメリットもあります。

加えて、年功序列により若年期は生産性よりも低い賃金、高齢期は生産性よりも高い賃金をもらえるということは、見方を変えれば、世代間の所得移転、すなわち年金のような仕組みともいえます。そのため、働き手からしたら高齢になっても安心して働けるとともに、給料を安定的にもらえるというメリットがあります。

上述したメリットがあり、また日本的経営の競争力の源泉の一つとなっていた終身雇用、年功序列の仕組みですが、この仕組みにおいて、なぜタイトルのように優秀な人から会社を辞めていくのでしょうか。次回はその核心に迫りたいと思います。

*1:

プロ論。

プロ論。

*2:Edward P. Lazear(1981),” Agency, Earnings Profiles, Productivity, and Hours Restrictions”, American Economic Review , Vol. 71, No. 4 (Sep., 1981), pp. 606-620