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【開催報告2017年5月20日(土)現金の呪い読書会】

5月20日(土)にケネス・S・ロゴフ著の「現金の呪い」読書会を開催しました。著者のハーバード大学教授のロゴフは、「国家は破綻する」で財政赤字が多い国の経済成長率は低い傾向になることやこれまで歴史的に多くの国がデフォルトしたことを指摘したことで有名です。そのロゴフが「現金の呪い」では、現金の使用が少なくなるレスキャッシュ社会について考察をしています。

現金の呪い――紙幣をいつ廃止するか?

現金の呪い――紙幣をいつ廃止するか?

 
国家は破綻する――金融危機の800年

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今回の読書会では、「現金の呪い」にて解説を書かれている一橋大学大学院経済学研究科教授の齊藤誠先生、翻訳者の村井章子さん、そして編集の黒沢さんもお招きさせていただきました。

本書では、主に現金の使用が少なくなる社会、すなわちレスキャッシュ社会のあり方とレスキャッシュ社会において実現がより容易となるマイナス金利政策について書かれています。なお、最近話題のビットコインについても最後に少しだけ言及されていますが、本書においては主たる論点とはなっていません。

本書でいうレスキャッシュ社会とは、現金の使用割合が少なくなるような社会の事です。通常、キャッシュレスやキャッシュレス社会という場合は、現金を全く使わない状況のことを指しますが、本書ではこのような状況について分析をしているのではなく、あくまで現金の使用が残るような社会、レスキャッシュ社会についての分析を行っています。

私自身、普段決済を行うときは8割から9割は電子マネーオートチャージもしくはクレジットカードを使っています。そのため、レスキャッシュ社会を実感しています。実際、日常における自販機、スーパーやコンビニでの買い物やカフェ、交通費の精算はほぼ電子マネーを使っています。現金を使わなければいけないのは電子マネーに対応をしていないお店での食事の精算やクリーニング屋での支払いぐらいです。

このような個人的な実感とは異なり、「現金の呪い」では、むしろ現金の使用率は増えていることが指摘されています。本書によれば、日本における通貨流通高(対GDP比)は18.61%となっており、イギリスの4.07%、やアメリカの7.38%を上回り、主要国の中でもトップに位置しています。また、通貨

流通高合計に占める最高額紙幣の割合(日本では1万円)は88%となっており、この値はアルゼンチンに次いで2位となっています。すなわち、日本では1万円の流通量が他国と比較しても多いといえます。本書によれば、日本の計算上の一人当たり現金保有高(米ドル換算)は6,456ドルとなります。一般的な感覚としては、現金(紙幣)では一人あたり70万円近く保有していることはあまりイメージできません。

このような現金の流通の背後にあるのが、地下経済であることをロゴフは指摘しています。また地下経済の存在のせいで、国は税収が減っていることも述べています。本書では地下経済の活動をきちんと把握でき適切に税を徴収できれば、アメリカは連邦税だけで500億ドル、州税と地方税で200億ドルの増収が見込まれることを紹介しています(本書P111)。

上記を踏まえると、今後レスキャッシュ社会が進み、政府が適切に現金の動きを把握できるようになれば、非合法な取引や匿名性の高い現金での取引を認識できることで、政府は税収を増やすことができるといえます。本書での論点の一つがこの現金の匿名性による地下経済の拡大と現金の動きの把握、そしてキャッシュレス社会を実現するための段階的な紙幣の回収についての政策提案となります。

もう一つの論点がマイナス金利政策です。マイナス金利政策は日本でも2016年2月から導入されていますが、ここでいうマイナス金利は銀行の日銀当座預金の一部にマイナス金利がつくというもので、銀行と預金者との関係におけるマイナス金利はまだ実現されていません。

一定期間預金を使わない場合に、マイナス金利が銀行の預金に設定されたとします。その場合、預金者は現金を銀行に預けているにもかかわらず、金利を銀行に支払い必要が出てきます。それを避けるためには、マイナス金利がつく前に、預金を引き出して、現金を使わざるをえなくなります。このような仕組みで、銀行預金へのマイナス金利は消費の増加を通じて経済活動を活性化させることが可能となります。

もちろん、このようなマイナス金利が機能するには、現金の流通が「少ない」という状況が必要です。なぜならば、仮に銀行預金にマイナス金利がつくならばみんな現金(紙幣)を保有するインセンティブを持つようになり、現金が大量に流通しているならば、銀行預金を通じたマイナス金利は実現されないからです。そのため、マイナス金利政策を通じて景気を刺激するためには、レスキャッシュ社会が必要になるということになります。

本書では、ケインズやゲゼルによって主張された古典的なマイナス金利政策から始まりハーバード大のマンキュー教授が紹介した現代風のマイナス金利政策まで、幅広くマイナス金利の可能性について解説されています。 

読書会当日には、齊藤誠先生に「現金の呪い」を読まれたご感想と紙幣の本質的な機能に関してご講演をしていただきました。私が特に印象に残ったのは、「中央銀行券は、発行と同時に回収が定められている」というお話でした。

当たり前の話ですが、銀行が企業に融資を行った場合、企業のバランスシートには「借入金」という負債が計上されるとともに、銀行のバランスシートには「貸出金」という資産が計上されることになります。同様に、人が銀行に預金を預けると、銀行のバランスシートには負債という形で「預金」が計上されます。一方、家計のバランスシートには、「預金」が資産に計上されることになります。銀行がお金を貸し出した場合をイメージすれば理解しやすいかと思いますが、銀行の貸出には必ず満期が存在し、銀行は満期までに貸したお金を回収する必要があります。家計が銀行に預金を預けた場合も、銀行預金に満期自体はありませんが、家計が預金の引き出しを請求した場合は、必ず銀行は引き出しに応じなければいけません(そのため、銀行は一定割合の預金準備を義務付けられています。)。

上記の例では「預金」を使いましたが、我々が日常使っている紙幣、すなわち日本銀行券についても同じことが言えます。日銀が日本銀行券を発行した場合、日銀は負債を負うこととなります。そして、負債であるがゆえに、いつかは回収しなければなりません。このことが、上述した「中央銀行券は、発行と同時に回収が定められている」ということになります。そうなると、紙幣が回収され「レスキャッシュ社会」がいつか到来するということ自体はある意味で当然とも言えます。

ご講演では、その他紙幣の起源としての手形、国債と金融政策、マーシャルのk等、紙幣について幅広い歴史的な視点も含めてご説明していただきました。地下経済のあり方について、ロゴフと違った視点として、齊藤先生は「戦後において日本が復興できたのは、材料等のストックが多く残っていたからであり、本当に価値のあるものは、地下経済(例えば闇市)で取引され適切に保管されていた可能性がある」とおっしゃっていました。平時においては、地下経済は犯罪や非合法な取引の温床となりえますが、有事においては、マーケットが適切に機能しなくなる一方、地下経済は通常のマーケットの保管的な役割を果たすことができる可能性があります。そして、本当に価値のあるものが地下経済における価格メカニズムで取引され、保管されることもあるということだと思いました。この点は、完全に見落としていた視点なので、非常に学びが多かったです。 

ご講演の後は、グループに分かれて、フリーディスカッションを行いました。参加者からは「現金が持つ匿名性ゆえに犯罪に使われているという実感はあまり湧かない。」「最近確かに現金は使わなくなっている。」「ビットコインが今後発展していくものかと思っていたが、ビットコインは価値の安定性で問題があり、通貨になるのは難しいのではないかと感じた。」「レスキャッシュ社会は現金の匿名性という点で有利に働く脱税者や犯罪者には生きづらい社会だが、普通に生きていればむしろメリットの方がいいのではないか。ブロックチェーンは取引履歴が全て残るので現金の匿名性とは正反対に位置しているし、今後ビットコインが普及すればむしろ全ての取引履歴は可視化されることとなる。最近のマネーフォワードやマネーツリーも個人資産の可視化に寄与しているし、レスキャッシュ社会が進めば進むほど、取引の可視化が進むと思う。」等多くの意見が出ました。 

完全なるキャッシュレス社会が到来するのはまだ先だとは思われますが、テクノロジーが進化すればする分、レスキャッシュ社会の到来はより近づいていくものと思われます。そうなった時に現金はどう言った役割を果たすのか、一部は現金としては残るのか、それとも完全に紙幣は歴史的な役割を終えるのか、こういったことを考えるのに様々な示唆を本書は与えてくれます。齊藤先生も「本当に良い本は答えを教えてくれるのではなく、いろいろと考えを巡らせてくれる」とおっしゃっていました。本書はまさに考えを巡らせるのに適した本だと思われます。

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