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未来の金融をデザインする

主に経済や金融に関する記事や開催した読書会や勉強会の報告を書いております。

【開催報告2017年4月30日(日)原因と結果の経済学】

2017年のGWの真っ只中に「原因と結果の経済学」(以下、本書)の読書会を開催しました。本書は、著者の一人が「学力の経済学」の著者である中室先生であり、「教育の経済学」と同様に世間で誤認されがちな事象を因果推論の視点から解き明かす内容となっています。 

「原因と結果」の経済学―――データから真実を見抜く思考法

「原因と結果」の経済学―――データから真実を見抜く思考法

 
「学力」の経済学

「学力」の経済学

 

 本書における因果推論の例としては「メタボ健診を受けていれば長生きするのか」「テレビを見せると子供学力は低下するのか」「偏差値の高い大学へ行けば収入が上がるのか」等が取り上げられております。これらの関係については学術的な研究では全て因果関係は「ない」ことが実証されています。

また本書で解説されている手法としては、「ランダム化比較試験」、「自然実験」、「差の差分析」、「操作変数法」、「回帰不連続実験」、「マッチング法」等が挙げられます。これらは全て計量経済学(特にパネルデータ等を用いてミクロ計量経済学)でよく使われる手法であり、計量経済学の教科書を一から読んだ場合には、これらの手法にたどり着くまでに相応の時間を要するもの(学部上級〜大学院レベル)ですが、本書では難しい数式を全く使わずにエッセンスがわかりやすく解説されています。

計量経済学を使って実証分析をしている人からすれば本書の内容はそれ程目新しいものではないかもしれませんが、計量経済学統計学に馴染みがない人にとっては統計のプロや経済学者がどういったデータをつかってどういった分析をしているのかを手軽に知られる本となっています。また因果推論について体系的にまとめられていることから、実際に実証分析をしている人にとってもミクロ計量経済学の学習内容の全体像を把握するのに良い機会になるかと思います。

読書会当日は慶応義塾大学の博士課程で統計学を専攻している中村知繁さんをお招きし、因果推論についてプレゼンをしていただきました。FED事務局(の中の人)は中村さんとは5年ぐらい前に知り合いましたが、当時中村さんは統計学を専攻したばかりの大学3年生で、どちらかというと関心はデザインシンキング等の右脳的なところにあったように当時は思っていました。ですが、今回の因果推論のプレゼンを見て改めて「理系な人なんだ」と実感しました。また統計を専攻しているものの、経済は専門ではないことから、計量経済学を学んだ人よりも統計的な視点はより厳密だとプレゼンを聞きながら感じました(中村さんの論文としては「野球の犠牲バントは得点に結びつくのか」を統計的に解析したもの等があります。)。他方、中村さんからすると「経済の人は理工系の統計の人達があまり使わないような変わった手法を使うな」という感じもあったようです。

中村さんのお話で印象的だったのは「データを持っている企業がデータだけを持ってきて『データがあるのでなんか分析してください』という話が結構多い」というものでした。もちろん生のデータを分析して、使えるデータに仕上げるのが統計のプロの仕事ではありますが、依頼側に「どういった目的」で「どういった分析をしたいのか」等の目的意識がないと統計のプロも何も出来ないようです。

例えば本書で因果推論を行う上で最も重要な手法として「ランダム化比較試験」の解説がされていますが、「ランダム化比較試験」を行うには、事前のサンプルの取り方やグルーピングの仕方、処置グループをどのように設計するかがとても重要になってきます。そのため、統計のプロに依頼をする場合、依頼者は「どう言った仮説を想定しているのか」、「説明変数としては何が適切なのか」を統計のプロに説明する必要があります。よって、ビジネスや政策で統計を使うにあたっては統計のプロと依頼者が適切にコミュニケーションをする必要が出てくるので、依頼者側にも相応の統計に関する知識が求められると言えます。

例えば、本書と同様の範囲でデータ分析について解説がなされている「データ分析の力」(下記リンクご参照)という本では、電力価格フィールド実験として北九州市で行われた「電力価格の値上げが電力需要にどれだけの影響があるのか」についての実証分析の解説がなされています。

 

データ分析の力 因果関係に迫る思考法 (光文社新書)

データ分析の力 因果関係に迫る思考法 (光文社新書)

 

この実験は、同書の著者である伊藤先生ら経済学者、経済産業省北九州市、新エネルギー導入促進協議会、新日鉄住金富士電機等の産学官連合の共同事業で実現したものです。この実証分析では、電力価格の需要に影響する変数として「部屋数、占有面積、エアコン数、テレビ数、世帯数、世帯主の平均年齢、所得階層」等が使われています。経済学者はこれらの変数をコントールして、ランダム化比較試験を行うことになりますが、おそらくこういったデータ(電力需要に影響を与える変数)の必要性は経済学者が指摘したのではなく、電力事業に関わっている人達の知見から選ばれたものと思われます。すなわち、上記の実証分析を行ったのは経済学者ではありますが、電力に影響のあるデータ等の提供は共同事業者によって行われることとなります。この話は中村さんがおっしゃった「データがあるんでなんか分析してください」とは対照的で、事前にどういった仮説でどういった分析を行うべきかが共同事業者によって、緻密に分析されていると言えます。

当日の参加者からは「ビジネスでも(将来的には)ビックデータや統計を扱いたい」といった声が非常に多かったですが、実際にビジネスで大量のデータを扱う際に、統計の解析を行うのは統計のプロだとしても、解析が行われる前段階における事前準備、料理でいうところの下処理はビジネスや政策の現場の人が行うことが必要となります。必要なデータの下処理を行うとともに、統計のプロから追加で必要と言われるデータを準備することで初めてデータを使った効果的な分析ができるようになります。このように統計のプロとビジネスや政策の現場の人が協働を行うには、現場の人達にも「統計を使って何ができて、何ができないのか」を知ることがとても重要になってきます。本書はこのことを知る入り口として、まずは因果関係と相関関係の違いを理解するとともに、因果推論にはどのような手法があるのかを知るのに非常に有益な内容となっております。また、本書を読んでデータ分析に興味を持たれた方は、併せて伊藤先生の「データ分析の力」も読むことをお勧めします。

これまでもFEDでは因果推論が使われている本を結構扱ってきました(例えば「貧乏人の経済学」、「0ベース思考」、「学力の経済学」「徹底調査 子供の貧困が日本を滅ぼす 社会的損失40兆円の衝撃」等)が、その背後にある因果推論のロジックを学ぶことは、今後データ分析が行なわれている本を読むにあたっての生産性を上げるために、とても肝要だと思われます。

最後になりましたが、ご出席された皆様並びにプレゼンをしてくださった中村さんに改めて御礼申し上げます。FEDでは今後も計量経済学の分析がされた本を扱っていくことになろうかと思いますが、本書は計量経済学の分析がされている本を読むにあたっての基礎知識を提供してくださるとても良い本であることを皆様との議論を通じて再認識した次第です。

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