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第3回法と経済学勉強会_開催報告_2016年4月3日(日)

4月3日に第3回法と経済学勉強会を開催しました。

法と経済学

法と経済学

第1回目と第2回目では、第1編の所有権法を扱いましたが、第3回目となる今回からは第2編に入り、事故法を扱うこととなりました。今回は「第8章責任と抑止:基礎理論」、第9章「責任と抑止:企業の場合」の2章について学びました。

事故法における基本的なシチュエーションは、例えば自転車事故のような事故が起こり、加害者と被害者がいる場合、責任は誰が負うのかというものとなります。常識的な考えでは、「もちろん加害者が責任を負うべき」となりがちですが、法と経済学では、ありとあらゆる場合を想定したうえで、「社会的な費用が一番少ないのはどういった責任ルールを課した時か」ということを考えることになります。

具体的には、加害者がまったく責任を負わない「無責任ルール」、加害者は事故で生じた損害をすべて負担する「厳格責任ルール」、そして加害者に過失があった場合のみ加害者は損害の責任を負う「過失責任ルール」の3つのルールを軸に、社会的なコストについて考えて行くこととなります。

興味深いのは、加害者が一方的に事故を起こす「一方的事故」と加害者と被害者がともに行動したことで事故が起こる「双方的事故」において、上記3つのルールの下で、それぞれ加害者や被害者がどのような注意を払うかによって、社会的厚生の最適値は変わってくるというものです。例えば、一方的事故において、「厳格責任ルール」の場合は、加害者は、損害について厳格な責任を負うので、注意水準を踏まえて上で一番被害が少なくなるように行動するインセンティブを持ち、この行動が結果的に社会的に最もコストを小さくすることに結びつくこととなります。

他方、加害者が損害の責任をまったく負わない「無責任ルール」では、損害を被るのは被害者のみとなるので、加害者はまったく注意を払わなくなり、結果的に社会的に損害が「厳格責任ルール」よりも多くなってしまいます。

最後に「過失責任ルール」を採用した場合は、加害者は過失がなければ損害の賠償をする必要はないので、過失とならない注意水準を適正に裁判所が設定することが出来れば、加害者は過失がないように行動をするようになり、結果として社会的に最もコストが少なくなります。そして、結果だけをみれば厳格責任ルールと同じ結論をもたらすこととなります。

興味深いのは、上記のルールいずれにおいても被害者も加害者も合理的な行動を取っている点です。無責任ルールにおいては、加害者が損害の責任を負わないため、まったく注意を払わないということが加害者にとってベストな選択となり、この状況においては倫理的に問題があるといったことはイシューにはなりません。加害者はあくまで「無責任ルール」のもとで合理的な行動をとった結果、社会的には損害のコストが他のルールよりも多くなったというだけです。

市場に任せておけば、個々人が自身の利益を最大にするように行動し、結果として最適な資源配分が達成されるというのが、ざっくりとした経済学の考え方と思われがちですが、自転車事故のような事故一つをとってみても、上記のように「無責任ルール」、「厳格責任ルール」、「過失責任ルール」のどれを採用するかで、個々人の利益を最大にする行動は変わってきますし、結果的には社会全体のコスト負担も変わってきます。今回の会ではシンプルなシチュエーションを考えてみただけでも、如何に制度を作るのかが重要で、そして難しいかということを学べました。

会の後半では、加害者が企業となる場合を想定し、被害者が企業の顧客と関係がない場合と企業の顧客の場合それぞれにおいて、どのルールを用いれば、企業の行動はどう変わるのかについて学びました。

アイロボット社のロボット掃除機「ルンバ」に関して、日本のメーカーも技術的には同様のものを作ることは出来たし、実際にはプロトタイプも出来ていたと言われています。しかしながら、日本メーカーは「仮にロボット掃除機を販売し、ロボット掃除機が仏壇にあたってろうそくが倒れて火事になったら、損害を賠償しなければならない。」といったことを気にしたせいで発売に踏み切れなかったという話があります。他方、アイロボット社は「重要なことは家庭での掃除の負担を減らすこと」という点をイシューと捉え、上記目的を達成するためにルンバを発売したそうです。

上記の例からも分かるとおり、日本のメーカーは厳格責任ルールを意識するあまり、企業行動が萎縮する一方、海外のメーカーは必ずしもそうではないといった議論もあります。

最後の方ではそれぞれのルールのあり方と企業行動のインセンティブについても色々と議論を行いました。非常に渋いテーマではありますが、個人的には学びと気付きがとても多い会となりました。
次回以降も引き続き事故法を扱います。ご興味がある方は是非ご参加いただければと存じます。
勉強会資料
日本の家電各社が「ルンバ」を作れない理由 国内製造業の弱点はそこだ!!