未来の金融をデザインする

主に経済や金融に関する記事や開催した読書会や勉強会の報告を書いております。

「創造性の宿し方_開催報告_3月24日(日)曳舟図書館

3月24日(日)に墨田区曳舟図書館にて、法政大学専任講師の永山晋先生が「創造性の宿し方」というテーマでご講演を行い、FEDとしても一部協力させていただきました。https://www.facebook.com/events/1690593100984605/

永山先生は、ハーバードビジネスレビュー2017年7月号で「日本企業の生産性は本当に低いのか」と言ったテーマで寄稿されていたり、入山先生が同HBRで連載されている「世界標準の経営理論」において、主にネットワーク理論等でも執筆にご協力されています。 

当日は「創造性の宿し方」というテーマで、研究者がどのような知識を得て、そして研究を進められているのかをお話しいただきました。

そもそも創造性とは何でしょうか。そして、なぜ創造性は必要なのでしょうか。ざっくり言うと、創造性とは新規性と有用性を兼ね備えたものです。そして多くの場合、この二つはトレードオフの関係にあるので、同時に満たすことは稀となることから、創造性を有する人やアイデアは希少となります。

そしてイノベーションには創造性が必要ですが、この創造性はどうすれば得られるのか。当日はこのことについて、研究者がどのような研究をし、そしてこれら研究が我々の生活へどのうにして応用出来るのかのヒントについて永山先生にはお話しをしていただきました。

イノベーションは、シュンペーターの時代から新結合、すなわち既存の知を掛け合わせたところから産まれると言われています。ではどう言った知もしくはアイデアを掛け合わせれば、より創造性が高いアイデアが生まれ、イノベーションにつながるのでしょうか。当日は以下の3本の論文をご紹介していただきました。 

  1. Serendipity and strategy in rapid innovation
  2. Fashion with a Foreign Flair: Professional Experiences Abroad Facilitate the Creative Innovations of Organizations
  3. THE DOUBLE-EDGED SWORD OF RECOMBINATION IN BREAKTHROUGH INNOVATION

上記の中でも、①Serendipity and strategy in rapid innovation(以下、「本論文」)が特に興味深かったので、以下ではそのエッセンスをご紹介させていただきます。

本論文は、いわゆるセレンディピティ(偶有性)はどのようにして生まれるのかということを科学的な視点で分析しているものです。本論文では、アルファベット、料理、そして テクノロジーを例にとって、時間の経過や選択肢が増えることで、それぞれの構成要素の有効性がどのように変化しているかを定量的に分析しています。

以下では、料理についての例を記載いたします。複数の素材を使って料理を作るとき、どの素材が有効かということを考えてみます。例えば、使える食材が少ない時は卵、小麦、バター、玉ねぎ等が使い勝手が良いです。

他方、使える食材が少ない時は、唐辛子等は使い道が限定的なので、扱いづらいです。本論文によれば、使える食材が少ない時には唐辛子よりもココアの方が使い勝手が良いのですが、使える食材が増えていけば行くほど、ココアの有効性は減っていく一方、唐辛子は有効性が増していきます。すなわち、使える材料の量に応じて、素材の有効性が変わって行くとのことです。そして、このことがセレンディピティの理由の一つと考えられます。つまり、最初は役に立たないと思ったものが、状況が変わると有効になって行くということです。

本論文では、現在有効な要素だけを集める短期的な方法、短期的にはあまり使えないが長期的に有効になるものを踏まえて要素を集める長期的な方法、そして適当に要素を集める方法の3つを比較しています。結果は、最初は短期的な方法の方が効果は高いものの、長期的には長期的な将来を踏まえた方法の方がパフォーマンスは上がることが示されています。また、複雑な状況になればなるほど、長期的な視座が重要になるということも、アルファベット、料理、そしてテクノロジーを比較することで指摘しています。なお、適当に集めるのがダントツに非効率でした。

料理の例では、必要な食材が分かっており、どういった料理を作るのかが分かっているので、料理のレパートリーを増やすために唐辛子を使えるようにするほうが長期的な料理の腕前はあがることがわかりますが、実生活や事業においては何が重要になるかは簡単には見極めることはできません。

では、実生活や事業において重要になるのは何なのか。それは人生や事業におけるミッションやビジョンとなります。ミッションやビジョンを持って物事に取り組むことにより、短期的には無駄に見えても、長期的には役立つと言った取り組みが増えることになります。スティーブ・ジョブズはこのことを「connecting dots」と表現しました。

また日本人初のプロゲーマーであり、ゲームに関するギネス記録を複数持っている梅原大吾さんは、過去にインタビューで、次のようなことを言っていました。

「みんなが即座に役立つ情報中心地に滞在しているあいだ、僕は僻地で“ガラクタ集め”をしているんです(笑)。中心地は情報が溢れているので、たとえ1年遠回りしたとしても、中心地に行けば一瞬で情報を吸収できますから、焦ることはない。自分しか知らないガラクタを集めておけば、そのガラクタが1年後に差になる、というワケです。」

本論文でも、レゴのパーツをどのようにして集めるのかといった例が出てきており、すぐに役立ちパーツばかり集めるケースと、すぐには役立たないけど長期的に役立つ集めるケースを比較して、長い目で見ると後者の方が良いものができることが示されています。

このようにイノベーティブなアイデアセレンディピティはまさに長期的な視点があればある程、生まれやすくなることが学術的に指摘されています。

FEDは前身となるマンキュー経済学勉強会を初回は6人(2回目は3人)で2009年11月から開始し、丸3年かけて全36章を全て読み終えました。この3年間で、多くの人達と出会い、そして、多くの方からご協力を得たことで、今のFEDがあります。その背後には、「未来の金融をデザインする」というミッションをもとに活動をしてきたことがあげられます。途中試行錯誤をすることもありましたが、おかげさまでなんとかここまでFEDを続けることができています。

FEDを続ければ続けるほどわかってきたのが、過去に読んだ本や取り上げた課題図書が後から役に立ってくるということです。実際に、今回の永山先生のご講演の関係では、過去に読書会で取り上げた以下の本が役に立ちました。

世界の経営学者はいま何を考えているのか――知られざるビジネスの知のフロンティア

世界の経営学者はいま何を考えているのか――知られざるビジネスの知のフロンティア

 
ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学

ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学

 

関連で、「マーケット進化論」の読書会をした際にもセレンディピティについて同様のことを書いていました。

また、今回の永山先生のご講演では、「ネット上に溢れている情報でも適切にアクセするのは難しい」とも感じました。冒頭でも書いたように永山先生は「研究者がどのようにして知識を得ているのか」といったことと関連し、創造性に関する学術的な研究を複数ご紹介してくださいました。これらは、全てインターネット上にて無料で入手することができます。一方で、素人がこれらの情報にアクセスしようとしてもそもそもどうやって検索ワードをかければ良いのか、またアクセスできたとしても、その論文が良い内容なのかそれともイマイチなのかを判別するのは非常に困難です。

FEDでは、学術と実務の架け橋をするような勉強会・読書会の開催を意識していますが、まさに今回のような会の開催をサポートすることでを通じて、普段はなかなかアクセスできない学術的な知見を日々の生活や実務にも役立たせるようなお手伝いが出来ればと考えております。

最後になりましたが、お忙しい中、ご講演を引き受けてくださった永山先生、場所を提供してくださった曳舟図書館の皆様、ハーバードビジネスレビュー読書会の開催者である原さん、そして当日お越しくださった皆様にこの場を借りて感謝も仕上げます。

今回は創造性をテーマにしたセミナーとなりましたが、今後FEDでは、似たような文脈で以下の2冊の本を取り上げてそれぞれ読書会を開催する予定です。ご興味があれば、こちらにもご参加いただけますと幸いです。 

情報経済の鉄則 ネットワーク型経済を生き抜くための戦略ガイド (日経BPクラシックス)

情報経済の鉄則 ネットワーク型経済を生き抜くための戦略ガイド (日経BPクラシックス)

 
プラットフォームの経済学 機械は人と企業の未来をどう変える?

プラットフォームの経済学 機械は人と企業の未来をどう変える?

 

 前者は経済学者としてのみならず、グーグルのチーフエコノミストとしても有名なハル・ヴァリアンが著者の一人となっている情報の経済学についての古典です。後者は、「機械との競争」や「セカンドマシンエイジ」の著者らが書いた機械とプラットフォームに関する本です。

いずれの内容もネットサーフィンをしているだけでは到底たどり着けない知の宝庫となっています。今すぐに役立たなくても、向こう5年、10年後には重要になってくるような議論を当日できるように事務局としても尽力します。奮ってのご参加をお待ちしております。

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「不安な個人、立ちすくむ国家」読書会_開催報告_3月18日(日)金融経済読書会light

3月18日(日)9時から「不安な個人、立ちすくむ国家」(以下、「本書」)を課題図書とした金融経済読書会lightを開催いたしました。 

不安な個人、立ちすくむ国家

不安な個人、立ちすくむ国家

 

本書は、2017年5月に発表された通称経産省若手レポート(以下、「本レポート」)が書籍化されたものです。

当日は本レポートの執筆者の一人であり、本書でインタビューをされている経済産業省の宇野さんもお招きして、総勢30名近くで本書についてディスカッションを行いました。以下では、本書の概要及び当日のディスカッション内容について、記載いたします。

本書は、本レポートが丸ごと掲載されていることに加え、経産省の若手による養老孟司氏、冨山和彦氏、そして東浩紀氏の各氏との座談会の内容と、本レポートに携わった経産省の複数の若手へのインタビューで構成されています。

本レポート自体は上記URLから無料で手に入れられますが、本書では、本レポートのその後の反響やツイッター上でのコメントや感想、また上記座談会の各氏が本レポートをどのように受け止めたかを知ることができるので、本レポートを読んだ人にとっても読む価値があるものと考えます。なお、本レポートが本で出版された理由の一つとしては、本レポートを読んだ層が比較的若い層で、高齢者には必ずしも多く読まれていない可能性もあり、より多くの高齢者層に読んでもらうためと聞いています。
個人的は本書を読んで、経産省の若手がどう言ったモチベーションで本レポートに取り組んだのかや、どのようにしてパブリックマインドを醸成して行ったのかが興味深かったです。また、座談会では、冨山さんの年功制廃止をはじめ歯に絹着させない物言いが読んでいて気持ちよかったです。 

次に当日のディスカッション内容についてです。当日はまずは参加者同士で本書に対する感想を共有してもらい、その後、宇野さんにプレゼンテーションをしていただきました。添付の写真のように当日は多くの論点が出てきましたが、要点をまとめると以下のようになります。

  1. 本レポートに書かれているような100年人生の時代において、日本的経営と言われる年功序列、終身雇用を維持するには限界がきている。メンバーシップ型からジョブ型へ移行することで、労働市場のさらなる流動化が重要になってくるのではないか。また、そもそも正社員制度自体をなくしてしまえば、既得権益がなくなるのではないか(非正規雇用者からすれば正社員制度自体が既得権益になっている)。
  2. 社会保証制度について、国が情報の出し方が上手でないと同時に、国民もパブリックサービスに対する情報の取り方がそれほど上手ではない。もっと国民が主体的に情報を取りに行くことが重要。また、(本レポートに記載されているような高齢者が若者を支える社会においては、)公共サービスに対する受益者教育が今後ますます必要になってくる。
  3. モデル無き時代においては、教育のあり方も必然的に変わってくる。これまでみたいに学校に行くと言った教育に加え、働き方のための教育が重要になってくる。また、格差社会において、金銭的な理由で学ぶことができない人たちをどう言った形でサポートするかも重要になってくるのではないか。
  4. 日本は個人が国や企業に依存する依存型社会になっている。一方で、このような依存型社会は、少子高齢化や低成長の現在においては維持が限界にきている。先行きが不透明なのは当たり前であり、個々人の適応力が重要になってくる。また、依存が当たり前といった個人の意識も変える必要が出てくるだろう。


上記のようなディスカッションや参加者からのQ&Aに対して宇野さんにはご丁寧にご感想やご回答を頂戴しました。ありがとうございました。

また、参加者の質問で多かったものとしては、「本レポートの発刊後、具体的にはどう言った形で政策に落とし込まれているのか」といったことがあげられます。本レポートの関連分野では、100年人生という文脈では「我が国産業における人材力強化に向けた研究会」が、また教育分野では「『未来の教室』とEdTech研究会」といった研究会が立ち上げられました。本書や本レポートに興味を持たれた方はこれらの研究会の動向にも注目いただければと思います。

関連で、FEDでは過去に「なぜ今、私たちは未来をこれほど不安に感じるのか?」という本の読書会を開催しましたが、モデル無き社会における不安の源泉のヒントとしては当該読書会も参考になるかと思います。

今後100年人生においては、働き方や労働市場の変化がキーワードの一つとなります。FEDでは、「人事と組織の経済学」の読書会を輪読形式で開催しております。次回となる第2回は、2018年4月28日(土)18時からを予定しています。ご興味がございましたら、こちらにもご参加いただけますと幸いです。

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お金2.0 新しい経済のルールと生き方

2018年3月4日(日)に「お金2.0」(以下、本書)を題材として、金融経済読書会lightを開催します。本書はアマゾンレビューの投稿は200件を超え、電車の中でも広告をよく見掛けるベストセラーです。

お金2.0 新しい経済のルールと生き方 (NewsPicks Book)

お金2.0 新しい経済のルールと生き方 (NewsPicks Book)

 

2017年はビットコインが乱高下し、「億り人」といったビットコインバブルの波に乗り大儲けをした人がいる一方、2018年に入ってからは仮想通貨取引所インチェックから約580億円相当の仮想通貨NEMが流出し、多額の損失を被った人もいる等、ここ最近仮想通貨の話題はニュース上で溢れています。日本で最も経済・ビジネス書が充実していると思われる東京駅付近の某本屋においても、ビットコインブロックチェーン関連の本がとても賑わっていますが、本書はこのビットコインブロックチェーンブームにおいて最も読まれている本の一冊なので、読書会の題材にすることにしました

2016年以降ぐらいからFintechというfinanceとtechnologyを組み合わせた造語が流行っていますが、著者はFintech を「Fintech1.0」と「Fintech2.0」の二つに明確に区別しています。著者曰く、Fintech1.0はすでに存在している金融の概念をそのままにして、ITを使ってその業務を効率化するようなタイプです。具合的には、ロボアドバイザー、スマートフォン端末を用いた決済、ネットで資金集めをするクラウドファンディンスがFintech1.0となります。

他方、Fintech2.0は1.0とは異なり、中央銀行を中心とする近代に作られた金融の枠組みとは違って、全くゼロベースから金融の仕組みを再構築するものと著者は考えています。本書のタイトルの「お金2.0」もこのFintech2.0が取られています。そしてintech2.0は既存の金融の枠組みをそのまま応用して考えることは出来ないので、理解が難しいとしています。 

では、Fintech2.0もしくはお金2.0とは何なのか。本書はブロックチェーンビットコインの技術的な話は限定的で、むしろFintech2.0の基盤に存在することになるであろう経済の仕組みについて書かれています。具体的には、資本主義から価値主義への移行です。すなわち、これまでお金に価値を置いていた資本主義から、本質的な価値に重きをおく価値主義へ移行すると本書では説かれています。

価値主義において重要なことは、本質的な価値を常に高めることです。そして、価値さえ高めておけばいつでもお金に還元できるような世界がFintech2.0、そしてお金2.0の世界となります。このような価値主義を支えるのが、ブロックチェーンの自立分散型の通貨の仕組みです。多様な価値が、一つのお金の物差しで測られるのではなく、多様なトークンによって測られることになります。このような世界では、ある経済では評価されないような価値も他の経済では評価されるようになります。

本書を読むだけでは、お金2.0の世界において、「どのようにして価値を高めるのか」、「今後ビジネスはどう変わっていくのか」について少しイメージしづらいかもしれませんが、現在の経済の仕組みにおいて、価値を高める行動を取っている本としては、以下の2冊は参考になろうかと思います。

革命のファンファーレ 現代のお金と広告

革命のファンファーレ 現代のお金と広告

 
人生の勝算 (NewsPicks Book)

人生の勝算 (NewsPicks Book)

 

 例えば、キングコング西野さんは先日「リベンジ成人式」と銘打って自腹で数百万円を使って、振り袖の販売・レンタル業「はれのひ」騒動の被害者救済のイベントを開催しました。西野さんのインタビューでは「クソ赤字ですけど、みんな楽しんでくれたから良かった。はれのひ社長への文句とかは置いといて、とにかく楽しんでほしい」と言っています。うわべだけを見れば確かに赤字ですが、西野さんとしてこのイベントを通じて、自身の価値をかなり高めることができたと感じているはずです。また、今後クラウドファンディングで資金を調達する際には、このリベンジ成人式で価値を上げられたため、より多くのお金の支援を受けられると考えているはずです。このあたりの「どう考えて、どう行動するか」は改革のファンファーレに詳しく書かれていますので、ご参考にしていただければと思います。

 また、価値主義と行った点では、プロとしてゲームを行う「プロゲーマー」の存在も参考になると考えます。プロゲーマーは、企業からスポンサードを受けたり、賞金付きの大会で良い成績を修めることで生計を立てています。下記の本は日本で初めてのプロゲーマーである梅原大吾さんと有名ブロガーのちきりんさんが、既存の価値観という意味での学校的価値観と、プロゲーマーのような新しい職業による新たな価値の生み出し方について議論をしています。 

悩みどころと逃げどころ (小学館新書 ち 3-1)

悩みどころと逃げどころ (小学館新書 ち 3-1)

 

 本書では、お金2.0の世界では今後ますます価値主義が重要になると指摘していますが、実際お金2.0の手前の今の状況においても、既存の価値の枠組みでは計れない、本質的な価値が重要になってきています。その一つとして、時間価値といったことも本書では言及されていますが、時間価値については、以下の本の方がより詳しく書かれています。

新しい時代のお金の教科書 (ちくまプリマー新書)

新しい時代のお金の教科書 (ちくまプリマー新書)

 

本書で書かれているような世界が実際に訪れるのかはわかりませんが、今後のビジネスのあり方についてのヒントは多く書かれています。金融経済読書会lightでは本書をどう言った視点で参加者の皆様が読まれているのか楽しみです。

人事と組織の経済学_第2章適任者の採用まとめ

「人事と組織の経済学」の第2章は、「適任者の採用」といったテーマで、企業がどのように従業員を採用するのか、そして入社した後、どのような種類のキャリアを歩ませるのかを考察しています。

人事と組織の経済学・実践編

人事と組織の経済学・実践編

 

 企業にとって魅力的な人材に入社してもらうには、いくつか方法がありますが、一番わかりやすいやり方としては高い給与や条件を提示することがあげられます。確かに高い給与を提示することで、優秀な人材が応募をしてくる可能性が上がります。しかし、給料が高いために同時にスキルの低い人材も呼び寄せてしまうことになります。採用時には、応募者と企業側には情報の非対称性が存在するために、いわゆる逆選択という問題が生じ、企業は質の悪い人材ばかりが集まるというリスクを負うことになります。

なお、逆選択は英語では「Adverse Selection」となっており、本来的な意味では「逆選択」という日本語よりも「逆選抜」の方がしっくりくるかと思います。

望ましくない応募者を除くための一番わかりやすい方法が、候補者の経験(仕事や昇進歴)や学歴(例えば卒業した大学や大学での専攻、MBA等)の要件を設けることです。このことは、応募者から見れば「シグナリング」を発することで、自分が優秀であることを企業に示すことと言えます。他方、企業から見て事前に応募者の質がわからない場合は、経験や学歴等を利用し、「スクリーニング」をすることで、優秀な人材を見極めるという行動をとることになります。

本書の例では、「求職者に自己選択をさせる」といったものが秀逸でした。生産性がそれなりに高いDと生産性がとても高いEがいたとします。企業はどちらも生産性がそれなりには高いので簡単に見分けることはできません。このような、場合試用期間を設けて、最初の期間は給料は低いものの、後半の期間は昇進をすれば給料が高くなるとします。ポイントは、最初の期間は他の仕事をする場合よりも給料は低いということです。昇進する自信があるEは、最初の期間の給料が低くても、後半の使用期間で昇進をすれば高い給与を得られるので、自ら当該ポジションに応募をしようとします。しかしながら、生産性がそこそこのDは、昇進できない可能性があり、給与が最初の期間も後半の期間も低いままの可能性があります。この場合は、それなりに生産性が高いDは、他の仕事を選んだ方が給料面では合理性がある可能性があります。その結果、求職者による自己選抜が行われ、生産性の高さに自信のあるEのみが応募する可能性が高くなります。

このように、シグナリングやスクリーニングはエッセンスはわかりやすいですが、実際の運用となると綿密な設計が情報の非対称性の解決に本質的に役立つものとなります。

本章の説明は基本的には「昇進か、退職か(up –or -out)」をベースに議論が進んでいるため、年功序列的な先入観があるとやや理解が難しいかもしれません。年功序列的な雇用形態も企業が生産性を上げるための相応の合理性がもちろんあります。しかしながら年功序列の賃金体系はある意味応用的なインセンティブ設計がなされているという点で、まずは「昇進か、退職か(up –or -out)」といった典型的な情報の非対称性の問題を扱うことで、採用に関する合理性を学ぶのが良いかと考えます。

人事と組織の経済学_第1章採用基準の設定まとめ

2018年2月18日から開催する「人事と組織の経済学」勉強会。初回の輪読の範囲である第1章と第2章の概要について記載いたします。 

人事と組織の経済学・実践編

人事と組織の経済学・実践編

 

本書は大きく分けて三部から構成されています。第一部は、「採用と従業員への投資」、第二部は「組織と職務の設計」、そして第三部は「実績に基づく報酬」となっています。

第1章では、費用便益の分析からどのような労働者を、そして何人採用すべきかについての議論が行われています。ここで用いられる経済学的な分析はファイナンス的な分析手法とも似ています。すなわち、年収500万円の人を5年間雇うということは、5年間で2,500万円の設備投資を行うこととも言えるため、分析手法が似てくるのは当然と言えます。

なお、ミクロ経済学の生産関数では、産出量は、資本と労働の投資の関数(Y = F(K, L))によって決まってきます。どのような設備に投資をすべきかを分析するのがファイナンス理論ならば、どのような人材を投資すべきかの分析は労働経済学や人事経済学の分野に該当することになります。

一方で、設備への投資と人への投資は幾つかの点で決定的に異なります。本書で用いられている例を引用しましょう。

あなたはロンドンのシティ(金融街)の投資銀行のパートナーであり、アソシエイト(ジュニアな)投資銀行家の一つのポジションを2人の候補者から選ぶというケースを想定してみよう。グプタは経済学の学位を持ち、金融アナリストとしての数年の経験と金融を専門にしたMBAを有し、投資銀行で夏のインターンを経験したという、他の候補者と同じような標準的な経歴を持つ。彼の生産性は非常に予想しやすく、年間20万ポンド相応の価値をもたらすことができると想定される。もう一方の候補者、スベンソンは他の候補者と全く異なった経歴を持っている。彼女は非常に素晴らしい成果を上げてきており、誠に才能あふれるように見えるものの、投資銀行業務に関する経験はほとんどない。従って、彼女がどの程度成功するのかを予想することは難しい。彼女は年間50万ポンド稼ぐスタープレイヤーになるかもしれない可能性を秘めているものの、一方年間10万ポンドの損失をもたらす可能性もある。スベンソンの成否の確率は同じ(50%)だと考えてみよう。スベンソンのある1年の成果の期待値(平均値)はグプタのそれと全く等しくなる。仮に二人の労働者の費用が同じだとすると、どちらを採用すべきだろうか?答えは直感に反するかもしれないが、およその場合、企業はよりリスクの高い従業員を採用すべきである。

上記の文章を読んだ時、正直「あれ?」と感じました。通常のファイナンスの理論に基づけば、リスク回避的を想定している状況においては、同じ期待値が見込めるならば、よりリスクを低い投資先を選ぶのがセオリーとなっているからです。別の視点でいうならば、相応にリスクがあるならばその分リスクプレミアムがなければ、投資をするメリットはないと考えます。

では、上記の例ではなぜよりリスクの高い従業員の採用を推奨しているのでしょうか。その理由は、仮にリスクの高いスベンソンを選んだとしても、結果的にスタープレイヤーにならずに毎年10万ドルの企業に損失をもたらす人材ということがわかった場合には、1年後解雇すれば良いからです。なお、この前提には、二人とも10年間勤務をする前提で、さらにスベンソンがスタープレイヤーかどうかを判断するのに一年を要すると仮定されています。

このように企業に解雇に関するリアルオプションがある場合は、保守的で実績のある人材よりも、潜在性のある人材を優先すべきという議論が成り立ちます。このような発想は、終身雇用が前提で、解雇が難しいと考える日本企業にいると発想としてまず出てきません。この点がまさに理論を学ぶ醍醐味の一つだと考えます。

第1章では、その他、スベンソンがスタープレイヤーかどうかについて情報の非対称性があること採用を難しくさせること、潜在的なスタープレイヤーを安く雇用ができたとしても後にスタープレイヤーだと分かった場合、他者への転職リスクもあること、企業にとって最も望ましい労働者は賃金が最も低い労働者でも、また生産性が最も高い労働者でもなく、コストに対する生産性が最も高い労働者であることが数値例を示されながら、説明されています。

上記を読んで面白いと感じた人は、この後も読み進める価値がある本だと思いますが、「非現実的だ」と一蹴してしまう場合は、正直今後読み進めるのは、費用対効果の点で見合わないでしょうか。FEDでは、「実務からでは必ずしも得られない視点がある」といった点を重要視し、今後も輪読を続けていきます。

人事と組織の経済学_導入

2018年2月18日から人事と組織の経済学の輪読を開始します。

人事と組織の経済学・実践編

人事と組織の経済学・実践編

 

FEDではこれまで組織の経済学*1及び法と経済学*2の輪読を行ってきました。今回の人事と組織の経済学は、この流れを引き継ぐ勉強会となっております。実際に人事と組織の経済学の内容は、モデルの構築方法やインセンティブや制度の設計方法において、組織の経済学や法の経済学で学んできた内容と重なる部分も多々あります。

以下では、人事と組織の経済学(以下、「本書」)の概要について記載します。本書は、人事経済学の第一人者で日本の終身雇用の論文でも有名な*3エドワード・P・ラジアーがマイケル・ギブスと共著で書かれたもので、スタンフォード大学シカゴ大学のビジネス・スクールの「経営者のための人事経済学」の授業においても使われている教科書です。そのため、アカデミックな知見を用いながらも、実際のビジネスを見据えられているため、事例が豊富で読みやすい内容となっています。

訳者の前書きでもかかれているように、自動車が順調に走っている時に、運転者はアクセルとブレーキの踏み方、ハンドルの回し方さえを知っていれば、エンジンの仕組み等がわからなくても、自動車を走らせることができます。一方で、自動車が故障すると、エンジンのような仕組みがわからないと途端に自動車を動かせなくなり、修理をするには、プロの技術者やエンジニアによる助けが必要になってきます。

このような状況は人事制度に当てはまります。企業や経済が順調に成長している時には、これまで通りと同じように人事の運用、例えば個々の制度や慣行、給与体系、人事評価等を続け、これらが企業のパフォーマンスにどのような影響を与えているのかを知らなくても大きな問題にはなりません。他方で環境が抜本的に変わり、企業のあり方や戦略を変えなければならない際には、人事制度や雇用制度の仕組みをきちんと理解していないと対応することはできません。日本の企業は未だに多くの企業が暗黙のうちに終身雇用、年功序列、新卒一括採用といった雇用体系を採用しています。これらの雇用体系は戦後の高度経済成長期と日本の人口動態を前提とした制度でしたが、前提が変わっている現在においては、小手先の変更ではなく、抜本的な手当が求められるようになります。

「未来の金融をデザインする」をミッションとするFEDが今回人事と組織の経済学を輪読の課題本とした理由の一つは、このような組織の抜本的な手当てを行うに当たって、金融も大きな役割を果たすと考えているからです。その理由はコーポレートガバナンスに見られるように、組織の統治においては、金融のあり方もまた組織に多大なる影響を与えるためです。

ではどのように今後の日本の人事を再構築すれば良いのか。本書では、経済学の知見を用いて、採用基準の設定、組織と職務の設計、報酬、福利厚生、雇用関係等についての仕組みのあり方について解説されています。終身雇用、年功序列といった雇用制度が機能しなくなった状況において、どのような人事制度を設計すれば企業のパフォーマンスを上げることができるのかについて本書は大きな示唆を与えてくれます。

*1:

組織の経済学

組織の経済学

 

*2:

法と経済学

法と経済学

 

*3:Edward P. Lazear(1981),” Agency, Earnings Profiles, Productivity, and Hours Restrictions”, American Economic Review , Vol. 71, No. 4 (Sep., 1981), pp. 606-620

「日銀と政治」読書会_開催報告_2018年2月4日(日)金融経済読書会

2月4日(日)に「日銀と政治 暗闘の20年史」の著者である鯨岡さんをお招きし、当該本の読書会を開催しました。

日銀と政治 暗闘の20年史

日銀と政治 暗闘の20年史

 

 当日は、最初に鯨岡さんにプレゼンをしていただき、後半ではチームに分かれて、本書に対する質問や日銀の金融政策に関する幅広い質問を受け付け、鯨岡さんとともに日銀と政治のあり方についてディスカッションを行いました。以下では、本書の概要および当日のディスカッション内容について振り返ります。

①本書の概要
本書は朝日新聞政治記者として首相官邸民主党、そして日銀等をご担当された鯨岡さんが書かれた日銀の政策決定に関する本です。いうまでもなく、日銀は日本の金融政策を行う主体であり、金融政策は、日本銀行政策委員会による金融政策決定会合により決定されます。

教科書的には金融政策は日銀の独立性により、政府の影響からから独立して決定されます。仮に政府が日銀を完全にコントロールできると、国債の日銀引受を通じて財政規律が弱まりハイパーインフレが起こる可能性が出て来るためです。そのため、金融政策が決定されるにあたり、日銀の独立性は非常に重要になりますが、この独立性が担保されたのは約20年程前の1997年です。

本書は1997年の日銀の独立性の際にどういった背景で政治的に日銀の独立性が決められ、その後、どのようにして日銀の総裁や副総裁をはじめとする日本銀行政策委員会が決められてきたのかを政治の視点から書かれています。

これまで、日銀や他国の中央銀行の金融政策に関する本はたくさん発売されて来ましたが*1、政治的な切り口から金融政策を詳細に書かれた本は私が知る限りおそらく初めての本となります。まさに政治記者であり首相官邸や日銀を担当されてきた鯨岡さんだからかける本と言えます。

あとがきにも書かれているように、本書の目的は、特定の政策の是非を問うものではなく、政策が誰の手により提唱され、どのような力学で決められ、実行されたいったのかを記録することにあります。

日銀の総裁の一言でマーケットは動きますが、そのような背景には政治的な思惑があることも多々あります。そういったことが体系的にまとめられている本は今まであまりありませんでした。

1997年に日銀の独立性が認められてから総裁になった人は、速水優福井俊彦白川方明、そして黒田東彦の4名です。この約20年の間には、アジア通貨危機があり、ITバブルが崩壊し、サブプライムショック及びリーマンショックが起こり、ユーロ危機があり、東日本大震災がありました。その間、日銀の金融政策もゼロ金利政策をはじめ、量的緩和、信用緩和、異次元緩和、マイナス金利政策、イールドカーブコントロール等が導入されました。これらの政策は必ずしも経済学的な裏付けがあるものばかりではなく、実験的なもの、政治的な意図もあって採用されたものもあります。本書を通じて、この激動の20年間でどのようにして金融政策が金融政策決定会合の舞台裏で議論され、そして決まっていたのかを知れるとともに、今後の日銀の金融政策を占うにあたり、どういった政治的な流れを読み解けば良いのかのヒントを得ることができます。

なお、本書は400ページを超えるそれなりの分量となっていますが、プロの記者が書かれているだけあって、非常に読みやすいです。また、普段政治や経済についてそれほど詳しくない人も本書を読めば、どういった政治家がどういった主張をしてきたのかを合わせて学ぶことができます(アベノミクスを知らない人はほぼいないと思いますが、民主党政権時代に菅首相ケインジアン的な政策を文字って「カンジアン」と言われていたことを覚えている人は非常に少数でしょう。私も完全に忘却の彼方でした。)。

②当日の議論
読書会ではまずは鯨岡さんに本書の概要を改めてご説明していただくともに、本書を書くに至った問題意識を共有していただきました。

これまでFEDでは金融政策やアベノミクスに関する勉強会をおそらく10回以上開催してきましたが、多くの回で鯨岡さんにもご参加いただき、その際の話もしていただきました(本書のp362に黒田総裁のピーターパンを例えた話が出てきますが、このことはFEDでマイナス金利政策の勉強会をした当時にも鯨岡さんがご紹介してくださっていました)。

後半では鯨岡さんのご著書と鯨岡さんのご講演を踏まえ、参加者でディスカッションしていただき、幅広に質問を集めました。以下では、その質問をいくつか紹介します。
日銀の総裁は今年の4月に変わる予定だが、自民党総裁の論点になるのか。

  • デフレから脱脚が出来ないのは日銀だけではなく、政府の責任もあるのではないか。
  • 物価はどうすれば上がるのか。
  • 日銀の出口戦略はどう考えられているのか。
  • 黒田総裁の評価はどうだったのか。
  • FRBやECBの今後の利上げはどうなるのか等

上記につき、色々な視点から参加者も交えて議論を行いました。当日の議論を終えた後でいくつか新しいニュースも出てきたので、そのことも合わせて以下で要点をまとめます。

第一に日銀の次期総裁についてです。日銀の総裁については黒田総裁の続投が濃厚だということが2月5日の週に報道されました。また、副総裁の岩田規久男氏は外れる可能性もかなり高そうです。こういった背景から、日銀によるリフレ政策は多少の転換が図られると予想されます。また黒田総裁は財務省出身で、元財務官であることから、財政規律を重視するような立場をとることが想像されます。

第二に利上げについてです。2月2日に発表されたアメリカの雇用統計が予想よりも良く、賃金の上昇を見られたことから、米国債長期金利が上昇しました。その結果、ダウは大きく下げ、また日経平均も大きく下落しました。失業率が低く、賃金が上がったということは、経済学的には完全雇用になっていると考えられ、さらなる金融緩和はインフレ圧力をもたらします。そのことを市場は予想し、長期金利は上昇し、金利が上がったことから、(金利の上昇は設備投資等を抑制するという観点から)株価は下落しました。

金融緩和のやりすぎはバブルの温床となることから、FRBは利上げをしていくことが予想されます。一方で、日銀はどうでしょうか。「日銀と政治」を読む限り、ゼロ金利量的緩和の解除は金融政策の意思決定としては事後的に失敗と捉えられています。こういった経緯の中、日銀は難しい金融政策の舵取りを担うこととなります。

最後に、時期の自民党総裁、すなわち首相が誰になるかも日銀の金融政策に影響を与えそうです。前FRBの議長のイエレンは4年の任期を終え、交代となりました。このような背景として、イエレンは民主党政権時代に選ばれたFRB議長でしたが、去年共和党のトランプ政権になったという理由から、議長を共和党が主体的に決めるためにパウエルが選ばれたという議論があります(実際にトランプがそういった趣旨を発言しています)。
自民党の総裁は、日銀の総裁が選ばれた後に決まることになりますが、新たな首相による経済政策は、日銀の金融政策のあり方に大きな影響を与えることは「日銀と政治」を読まれた方は当然に感じることでしょう。

繰り返しになりますが、2018年には日銀の総裁が5年ぶりに変わる可能性があり、また新たな首相が選ばれることとなる自民党の総裁選もあります。そう考えると、このタイミングで鯨岡さんをお招きし、日銀と政治の読書会を開催出来たのは、今後の日本の政治と金融政策を予想する上で非常に有意義だったと感じています。

最後になりますが、本読書会にご参加いただたい鯨岡さんと参加された皆様に改めて感謝いたします。

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*1:例えば、岩田一政が書かれたデフレとの戦い等 

デフレとの闘い

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